「嘘を愛する女」が解き明かす謎の男と不老不死の少年の正体


パートナーが嘘をついていたらどうしますか。それも不倫レベルの生半可なものではなく、いえ、すみません、不倫も衝撃的です。とにかく、主人公の女性は、同棲していた男の過去を何も知らなかったことを知ります。女関係を含めて男の真実の姿を追い求めることになります。周りには一癖も二癖もある人々が集まってきます。
よくあると言えば、よくある話ですが、現実で身の回りによくあるかと言うと、あるのかもしれませんが表立ってはこないため、あまり聞いたことはありません。

あらすじ

主人公の川原は、優秀な女性社員で、業界ではそこそこ名の通った仕事をしていて、後輩からも慕われている。駅で体調不良になっているのを助けてくれた小出と暮らしている。小出は医師で、マジンガーZのフィギュアが好き。朴訥としているところもありつつ、川原にとっての癒しにもなっている。
結婚を考えたい川原が母親に紹介しようとした日、小出は会食の席に現れなかった。くも膜下出血で意識不明となっていた小出だが、警察によると、小出という名前は嘘で、医師でもなかった。川原は後輩の親類である探偵の海原に、小出の調査を依頼する。
この海原は、ちゃらんぽらんな探偵で、私生活では別れた妻に娘を連れて行かれ、今ではコソコソと二人の様子を覗く日々。海原の助手の木村はオタク気質丸出しの男。さらには小出のストーカーをしている喫茶店のバイト女、心葉も現れる。

サブキャストのキャラが濃い

人々は、明らさまにみんな怪しいです。でも、表面だけ取り繕っているよりは、よほど分かりやすく苦悩している人々です。だからと言って、とっつきやすいかと問われれば、おそらく周りにいたら鬱陶しくて敬遠したくなるタイプだと思われ。
いずれにせよ、映画的には個性豊かな面々に引っ張られて、興味津々と続きを追っていくことになるので、淡々とした流れの割にはあくびする暇がありません。

ある人物の過去を探っていくお話として、真っ先に思い浮かぶのは、宮部みゆきの「火車」です。何が良かったかって、ラストシーンで探し求めていた女性が出てくるのか出てこないのかという、謎の核心が見えるか見えないかでエンドとなる後味が好きだったものです。ちなみに、この女性を佐々木希が演じたスペシャルドラマも悪くなかったです。
さておき、すぐに思い浮かぶ作品があるくらい、ある人物の謎を追う話は割とよくあるプロットです。殺人事件絡みはほとんが犯人探しで、中でも名作「砂の器」「人間の証明」は、核となる人物の過去を、読者や観客が追体験するようにして謎が紐解かれていきます。

言ってみれば王道の展開で、そこに味を添えているのが、主人公たちの周りにいるキャラの濃さです。ゴリゴリではないものの、V系に近いバンドマンだったDAIGOは、嬉々としてモッサいあんちゃんになりきってます。
ゴスロリというか、ゴシックドレスでコスプレする川栄李奈は、見ている人を本気でイラつかせるようなマイウェイぶりです。
正味な話、過剰なキャラ付けがなくても話はちゃんと面白いのですが、キャラ設定がなければどんな話だったのか思い出せない可能性もあって、記憶のとっかかりになっているのは確かです。

たまたまではありましょうが、ずっと目覚めない人の覚醒を待つ作品を立て続けに見ました。密かに流行っているのでしょうか、この「白雪姫」パターン。ディズニー映画であればハッピーエンドを迎えてめでたしめでたしです。現実で事が起きた場合どうなるのでしょうか。

物語を凌駕する、本当にあった嘘のような話が元ネタ

この映画には基となった実際の出来事があります。1991年11月4日の朝日新聞に掲載された記事が、そのあらましを伝えています。映画はこの記事にインスパイアされているものの、ディテールは異なります。同じなのは、一緒に暮らしていた男の過去が偽りだったことで、身分証明書なども偽造されています。
映画でも鍵となる小説は、新聞記事にも出てきていて、未完成の状態で原稿用紙700枚分とあります。余計なことながら、これくらいの枚数を書いてしまうと、多くの新人賞ではレギュレーション枚数をオーバーして受け付けてもらえないので要推敲です。東大医学部卒の経歴を詐称し、浜松医科大学心臓外科研究室の医師として週末に家を空けていたのも嘘で、京都市生まれの戸籍の写しまで偽造したというのです。
新聞記事がきっかけになったのか、しばらくして男性の妻と称する女性が現れます。妻は20年間も夫の行方を捜していたと言い、なぜ失踪したのか、看取った女と同棲を始めるまでの15年間はどこにいたのか、謎はついに解けなかったらしく、ハッピーエンドにはほど遠い、それが現実です。

三億円事件のように、謎を残した事件は人々の想像力を掻き立て、たびたび小説や映画などの題材になります。

新聞を読めば、いろいろな事がわかります

全く関係ありませんが、ジブリアニメ「ホーホケキョ となりの山田くん」として映画にもなった朝日新聞に掲載中の四コマ漫画「ののちゃん」は、もともと「となりのやまだ君」というタイトルでスタートしました。失踪事件が報じられた91年11月4日は、連載第26回と始まって間もない頃です。それが今や25年以上、7,000回を超えて連載が続いているのですから、個人的にはこの事実の方によほど驚かされてしまいます。
もっと驚くのは、読売新聞の「コボちゃん」が35年以上、12,500回を超えてることでしょうか。35年経って、ようやくコボちゃんは幼稚園児から小学3年生になりました。不老不死か。

作品情報

原題:嘘を愛する女(2017)
監督:中江和仁
出演:長澤まさみ 高橋一生

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