あがき続ける人に勇気を与える「パティ・ケイク$」


容姿も出自も関係なく、溢れる思いをラップに乗せて成功を夢見るキラーP。貧困から抜け出す方法はいくつもあって、サッカーボールひとつで数百億円稼ぐ人もいれば、リリックを紡ぐだけで大きな世界へと飛び出せる人もいるのです。

あらすじ

テレビでも活躍するヒップホップ界の大物ラッパーO-Z(オージー)に憧れるパティは、母親譲りの巨体で、中学の頃からダンボとあだ名をつけられていた。ニュージャージーの小さな町が彼女の世界の全てで、いつかラップで成功してやると詩を作る毎日。祖母のナナは下半身不随の車椅子生活で、日がな一日テレビを見て過ごしている。
母親はというと祖母の世話を娘に任せ、行きずりの男と遊んではパティのバイト先のバーに来て、タダ酒をねだっていた。昔は人気者で歌手としてデビュー寸前までいったものの、パティを妊娠して夢を諦めてしまったのだ。
パティが唯一心を許せるのは、薬局で働くインド人青年のジェーリだけだった。ジェーリが歌い、パティがラップを被せるスタイルで成功を夢見ているのに、現実はまともに働かない母親の代わりに祖母の医療費をバイトで稼ぐために頑張るしかない。

ある日のイベントで、ステージに立っていたバスタードと名乗る変わり者の黒人に共感するが、言葉をかけても相手にされずに去って行ってしまう。ジェーリが貯めたお金でチャレンジした初レコーディングでは、勢いでマリファナを吸ってしまい、気分が悪くなり昏睡して失敗する。バイトだけは割のいいパーティーバーテンダーの職を得て、少し給料が上がった。
祖母を車椅子で散歩させている途中、墓地で見かけたバスタードを追いかけてみると、林の中の掘建小屋を住居兼スタジオ代わりにしていることを知る。そこで、バスタードが音を作り、ジェーリがメロディーを、祖母のナナの声もサンプリングし、パティがラップをするスタイルでレコーディングを行う。メンバーの頭文字を取り、PBNJと名付けたグループは、荒削りながらも最高の音楽と自信を持てるものだった。

バイト先で知り合った地元のラジオDJにデモアルバムを渡したり、ジェーリのブッキングしたポールダンスバーでの初ライブが決まるが、ナナが脳卒中で倒れてしまう。そんな時、ヘルプで入ったバイト先は、神と崇めるO-Zの屋敷だった。千載一遇のチャンスと思ったパティは、ルールを破ってO-Zの元へ行き、ラップを披露する。しかし、O-Zに相手にされず、バイトもクビになってしまう。
自信を喪失したパティは初ライブを途中で投げ出す。思いが通じたかのバスタードも姿を消し、どん底の日々の中、ナナが息をひきとる。母親は恋人に逃げられ、自暴自棄となり宝物だった歌手時代のレコードを捨てた。
全てが終わったかと思った時、PBNJのデモを聴いてくれたDJからスカウトライブをブッキングしたと連絡が入る。
ジェーリに謝り、バスタードも過去を清算して戻って来たことで、パティたちは夢見た場所へ向かうためのステージに上がるのだった。

ラップで世界を変える

最底辺の暮らしから抜け出すためにラップに全てを賭けると言えば、エミネムの自伝的映画「8 Mile」が有名です。「パティ・ケイク$」がその女版なのは確かで、アレンジバージョンという人もいるでしょう。だからと言って、この映画の魅力が損なわれるわけではありません。むしろ「8 Mile」が好きな人であれば、もう一度あの興奮を味わえる映画に出会えたことを喜べるはずです。
エミネムは、フリースタイルダンジョンの礎となるクールかつ攻撃的なラップバトルで観る者のハートを震わせます。対するパティも鋭い言葉で相手を打ち負かすこともあります。根元にあるのは自分の中の怒りであり、世界へ羽ばたきたいエネルギーに変換して放ちます。どちらもリリックに全霊を注ぎ、ラップに無限の夢を乗せるのです。
人は心と心で感じ合い、目と目で通じ合うことができます。それでも、最もストレートに響くのは言葉だと再確認させてくれます。

ミュージカル映画に通じる感動

音楽に乗せることで、言葉はさらに威力を増すことがあります。例えば、ラップ映画と似て非なるもので、好き嫌いの分かれるミュージカル映画ですが、旋律と詞のマッチングの妙としか言いようのない名曲を生んできました。今や古典の「サウンド・オブ・ミュージック」をはじめ、名作「オペラ座の怪人」、現代劇の「レント」など、挙げればキリがありません。
レントのメインテーマともいうべき「Seasons of Love」には、 Five hundred Twenty five thousand Six hundred Minutes という歌詞があります。印象的に繰り返されるこの数字は、「525,600分」=「8,760時間」=「365日」つまり、1年を表しています。ストーリーの中でキャストたちが歌い上げれば、単なる数字がそれ以上の意味を持って語りかけるのです。

男女の友情は存在するか

パティの心強いバディであるジェーリも、世捨て人のようなバスタードも、どんな逆境も共に乗り越えてくれるソウルメイトで、家族とは少し違う絆で結ばれています。また、一度はバトルした相手が、PBNJのデモCDをそっと買っていってくれます。
はみ出し者たちの友情や恋の始まりが好みの人は、映画「恋しくて(Some Kind of Wonderful)」を思い出すかもしれません。憧れの人と男勝りの女友達とのはざまで揺れる男の話で、これだけ聞くと「みゆき」も同じシチュエーションだったりします。さておき、クラスの不良とのエピソードはまさに昨日の敵は今日の友、少年漫画の王道パターンであり、使い古された言葉でもありますが、それだけストレートに共感できるシチュエーションと言えます。

いかにも実在のラッパーの伝記に思えるリアリティーながら、監督のオリジナル作品なのが最高にクールです。過去作のいいとこ取りのようでありつつ、しっかりと今風の映画に仕上がっている「パティ・ケイク$」。
タイトルの読み方ですが、「パティ・ケイクダラー」ではなく、「パティ・ケイクス」です。

作品情報

原題:Patti Cake$(2017)
監督:ジェレミー・ジャスパー(Geremy Jasper)
出演:ダニエル・マクドナルド(Danielle Macdonald) シッダルタ・ダナンジェイ(Siddharth Dhananjay)

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