「路上のソリスト」に天が二物を与えなかったワケとは?

路上のソリスト
「路上のソリスト」で、ホームレスのナサニエルが奏でるバイオリンの音色に魅せられたコラムニストのロペスが、ナサニエルに部屋を与え音楽界へ導こうとしたのはエゴなのでしょうか。

気がつくと実話の映画化ものばかり見ている気がするのですが、洋画では実話系が圧倒的に多いので仕方がないとも言えます。いろいろな偉人や、一見すると変人なことも多いながら、誰もが魅力的で、人生は多少レールから外れたくらいがちょうどいいと思わせてくれます。
レールに乗っていると楽なのは、お金を稼ぎやすいからで、夢でお腹は満たされません。主人公のナサニエル・エアーズ・ジュニアは、統合失調症の一種で社会生活をおくるのに不安があります。ナサニエル自身は気ままにやれていますが、周りの人からすると不憫なのかもしれません。
演奏に惚れ込んだロサンゼルス・タイムズスティーヴ・ロペスは、コラムでナサニエルを取り上げ大きな反響を得ます。ちゃんとした舞台に立たせようと尽力するものの、ナサニエルにとってはありがた迷惑だったようです。

あらすじ

一流誌の記者ロペスは、ベートーヴェンの銅像がある公園で二本しか弦のないバイオリンを奏でるナサニエルに出会う。ナサニエルはホームレスでゴミ同然の荷物をカートに詰め込んでいて、それが彼の全てだった。ジュリアード音楽院にいたことがあると言われてもにわかには信じられないロペス。
取材の結果、確かにジュリアードには入学してチェロを専攻していたものの、2年生の時に退学。理由は幻聴による情緒不安定で、統合失調症の気があった。姉によれば幼少期の頃から音楽に対して天才的な才能を発揮していたという。
ロペスの記事の読者からチェロを寄付され、ナサニエルは何かに取り憑かれたかのように演奏に没頭する。

ロペスはナサニエルを支援センターに連れて行き、再びレッスンを受けるよう勧め、部屋も借りる。ナサニエルは心を開き、ロペスに感謝の愛を伝える。しかし、離婚歴のあるロペスは信頼されて失望されることを恐れ、他人に委ねるべくナサニエルに治療を受けさせようと画策したり、ソロリサイタルの場を準備しつつ、距離を置く。
そんなロペスの強引な行いはナサニエルにとって負担でしかなく、再び幻聴が表れて姿を消してしまう。なんとか見つけ出したものの、さらに大きな過ちをおかしたところで、ロペスは己のエゴに、上から目線で手を差し伸べることで、自分自身の過去を清算しようとしていただけ、ということに気づくのだった。

実際のナサニエル・エアーズとスティーヴ・ロペス

ロペスが真の意味でナサニエルをリスペクトして、友情を育むようになって映画は終わります。どちらかといえば救われたのはロペスで、ナサニエルは出会う前と変わらず、心のままに過ごしています。だからと言って新たに生まれた友情は無駄ではなく、尊いものです。
友情は現実の二人の間にも生まれたのでしょうか。

ロサンゼルス・タイムズのコラムに端を発した物語は、書籍化と同時に映画化が進められ、脚本が作られました。ロペスは映画作りに直接的な関与はしないスタンスで、アドバイスを求められればコメントしています。素のままでは画やドラマが弱くなるのを理解していて、信頼して脚色を任せたと言っています。
読者からは複数のバイオリンやチェロが届いたものの、映画でも言及されるように、高価な楽器を持てば強盗に狙われやすくなります。メディアに登場することで、精神的に不安定なところのあるナサニエルに大きな負担をかける恐れもあります。
取材を通して精神医療の未成熟な部分や世間的関心の度合いなどに触れ、記者として新たな視点を持って働きかけを始めているとも語っています。映画内のロペスは離婚した設定ながら、実際は幸せな結婚生活を送っています。
映画はエンディングを迎えても、二人の人生は続いていきます。

才能を活用すことと自由を謳歌すること

様々なジャンルで天才の名を冠する人は、得てして社会に適応できていません。天は二物を与えずと言ってしまえば簡単ですが、要は与えた一つの才能がずば抜けて突出しているだけです。好きな音楽ができて、小さくても自分の世界を構築できていれば、充分にしあわせと言っていいのではないでしょうか。
両手で抱える大きさのものが一つあれば十分で、二つ目は必要ないのです。と言いながら、映画の最後のテロップによると、ジェイミー・フォックスの演じるナサニエル・エアーズ・ジュニアは、チェロバイオリンに加え、ベースピアノギタートランペットホルンドラムハーモニカを演奏するとあります。音楽的才能と括れば一つでも、羨ましいほど非常な多才です。

本人の感じるしあわせとは別に、社会的には生きづらいことがたくさんある中、非凡な才能を見せている人がいます。映画作品で思い浮かぶのは、サヴァン症候群を描いた「レインマン」です。ダスティン・ホフマンの演じたレイモンドは、瞬間的な記憶力が抜群で計算能力も高く、ポーカーの勝負に強さを発揮します。
日本映画でも伊丹十三「静かな生活」があります。大江健三郎の小説が原作で、障害を持つイーヨーは大江の息子で作曲家の大江光がモデルです。ちなみに、大江健三郎の妻は伊丹十三の妹です。

おまけ

豆知識として、ソリストはフランス語からの和製語になり、英語では原題にあるようにSOLOISTと書き、ソロイストになります。クラシック関連の言葉はドイツ語、イタリア語、英語から入ってくることが多い中で、ソリストがフランス語ベースなのは、バレエ用語の方で先に浸透したからと思われます。

作品情報

原題:THE SOLOIST(2009)
監督:ジョー・ライト(Joe Wright)
出演:ジェイミー・フォックス(Jamie Foxx) ロバート・ダウニーJr.(Robert Downey Jr.)

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