「チョコレートドーナツ」は世間からの偏見との戦いが哀しくも美しい


同性愛への風当たりが強い70年代のアメリカで、虐待されている子供を育てたいと願う男性カップル。彼らの純粋な愛情はパートナーにも子供にも分け隔てなく与えられます。しかし、周りはそうではなく、全てを力任せに引き裂こうとするのです。

ざっくりとしたあらすじながらラストまで記してありますので、ネタバレが気になる人はご注意ください。

あらすじ

1979年、ハリウッドの近く。ゲイバーのドラァグクイーンをしているルディ・ドナテロは地方検事局に勤める弁護士の男ポールと出会う。離婚歴のあるポールにとって初めての男性との経験だった。翌朝、ルディはアパートの隣室に住むマルコと出会う。
マルコはダウン症の14歳の男の子で、薬漬けの母親が逮捕されてしまい一人で部屋に残されていた。法的なことなど何もわからないルディは、前夜に知り合ったポールに助けてもらおうと事務所を訪ねるも、世間体を気にしたポールはルディをあしらってしまう。家庭局に保護されていくマルコ。ポールはルディに謝罪し、二人は和解する。
家庭局を抜け出したマルコと偶然再会したルディとポールは、マルコを育てることを決意し、服役中の母親から暫定的な監護権のお墨付きを貰い法廷へ。周囲には二人の関係をいとこと偽りながら、マルコの養育権を得てポールの家で暮らし始める三人。
初めて愛情を受け、学校に通い、喜ぶマルコ。笑顔が溢れる幸せな三人の生活。

しかし、幸せは長く続かない。ポールの上司ウィルソンがルディとの関係に気づき、ポールは検事局をクビになり、マルコも再び家庭局に連れていかれてしまう。
マルコを取り戻すために永久監護権の審理を要求するポール。三人の暮らしぶりを知る人たちからの証言はルディたちに味方するものだったものの、世間の風潮は閉鎖的で、監護権は認められなかった。
失意の中、デモテープが認められ、ハリウッドのステージで歌う仕事を得るルディ。それでもマルコを諦められないルディとポールは、黒人弁護士のロニーに依頼し上訴する。裁判の場にあらわれた元上司のウィルソンに不吉なものを感じるポール。予感は的中し、ウィルソンの手引きでマルコの母親は早期出所。マルコの監護権は母親の下に戻ってしまう。
マルコの母親は再び薬漬けの毎日を送り、マルコは一人夜の町をさまよい歩く。

しばらくして、ポールが新聞の切り抜きを添えた手紙を裁判所の判事や相手弁護士、ウィルソンらに送る。そこには町の片隅で人知れず死んでいたマルコの小さな記事が載っていた。
ステージでは今夜もルディの歌が響いている。

LGBTを扱う映画

トランスジェンダーや同性愛を扱った映画は昔から数多くありました。ただし、以前はどちらかというと時代性を反映したような社会的マイノリティとされる登場が多かった印象です。真正面からLGBTを扱うものは鑑賞者をどこか限定していたのです。近年ではBLが市民権を得たこともあり、より身近にこの種の映画を感じられるようになっています。
とはいえここはLGBTの問題云々を考える場にするのではなく、単純に関連する映画の紹介をしてみたいと思います。

25年以上前にアカデミー賞で脚本賞を受賞したとある映画は女装がどんでん返しのポイントとなっているものの、あまりにネタバレの核心となるため四半世紀を経ていてもタイトルは伏せておきます。
日本でも舞台化されるなど多くのファンを生んだ「ヘドウィッグ・アンド・アングリーインチ」は、性転換したロック歌手ヘドウィッグの生き様を描いています。元々オフブロードウェイの舞台で上演されていたものが映画となり、世界各国で映画賞を受賞したりノミネートされたのです。
本作の主人公ルディと同様なドラァグクイーンが砂漠を横断するロードムービー「プリシラ」は、その強力なヴィジュアルインパクトで映画好きの中に印象を残しました。アカデミー賞で衣装賞にあたるコスチュームデザイン賞を受賞したのもうなずけます。
ここに挙げたものは「チョコレートドーナツ」も含め、劇中の歌が良いのもポイントです。主人公たちの職業に関連するので当然とも言えますが、ミュージカルとまではいかないまでも歌の力が映画を引っ張っている作品です。

ルディ・ドナテロを演じたアラン・カミング本人はバイセクシャルを公言していて、最初の結婚は女性と、二度目の結婚は男性としていてそのまま10年以上続いているようです。

日本では

前述したように近年のBLブームは漫画やアニメだけでなく、映画作品にも及んでいます。もっとも小規模公開の作品であればだいぶ前からBL系の映画作品も多く作られていて、ヒットシリーズと呼べるものも存在しています。
より多くの人が想起する邦画のLGBT映画と言えば「二十歳の微熱」「ハッシュ!」などの橋口亮輔監督の作品ではないでしょうか。監督自身がゲイであることは当初から公言されていますが、そうした背景に拠らない作品の面白さが魅力です。

橋口亮輔監督と同じくぴあフィルムフェスティバルで注目された犬童一心監督の「メゾン・ド・ヒミコ」は老人ホームが舞台となる映画です。この老人ホームがゲイの人を対象としているところがポイントで、柴咲コウが彼女らしい目つきを生かして好演しています。
最近の作品では生田斗真がトランスジェンダーを演じて話題になった「彼らが本気で編むときは、」が挙げられます。

原題の意味するところ

「チョコレートドーナツ」の原題は「any day now」ですが、これを直訳すると「今すぐに」といった意味合いになります。このタイトルは劇中でルディが歌っている歌詞に登場して、オリジナルはボブ・ディランが作詞作曲した「I Shall Be Rereased」という曲です。登場人物の心境に即した内容であり、そこに any day now との歌詞が出てきます。


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ではチョコレートドーナツは何かと言えばマルコの好物です。全く無関係のタイトルではないながら、そこまで重要なアイテムではないものをタイトルとするのは少し疑問ではあります。マルコの可愛らしさを表現するには役立っている程度でしょうか。
原題の慣用句はあまり耳馴染みがないので、そのまま使うのがはばかられたのかもしれません。ただ内容からすればそのままでも良かったのではと思ってしまいます。

作品情報

原題:any day now(2012)
監督:トラヴィス・ファイン(Travis Fine)
出演:アラン・カミング(Alan Cumming) ギャレット・ディラハント(Garret Dillahunt)


LGBTと家族のコトバ


総務部長はトランスジェンダー 父として、女として

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