アメリカの大統領ほど虚実含めて映画に登場する首脳もいないというくらい、絶大な権力の象徴としてヒーローあるいは黒幕として描かれてきました。今作は史実を基にして大統領の不正を暴いていくストーリーです。
あまりにも有名な史実であるウォーターゲート事件のことですから、ネタバレをしながらラストまでのストーリーを記します。予備知識無しに楽しみたい方はご注意ください。
あらすじ
1972年6月、アメリカの民主党全国委員会本部で不法侵入事件が発生し、ワシントン・ポスト紙の若手記者ボブ・ウッドワードが裁判所に取材に出かける。偶然に発覚した侵入事件の犯人に、国選ではない弁護士が初めからついていたことに違和感を感じたボブは独自の調査を開始する。
侵入事件で盗聴器を仕掛けた容疑の逮捕者は5人で、彼らはそれぞれが連番の高額紙幣を持っていた。誰かに雇われたのは明らかであり、ウッドワードの先輩記者カール・バーンスタインが彼らはCIAの職員だという情報を持ってくる。ウッドワードも時の大統領ニクソンの特別顧問が関与している可能性に行き当たる。
大統領予備選挙が迫る中、ウォーターゲート・ビルで起きた侵入事件に共和党の現役大統領が関与しているとすれば一大スキャンダルになる。上層部が慎重論を取る中、ウッドワードとバーンスタインは執念の取材を開始するが、直接的な証拠や証言をつかむことができない。紙面掲載会議でも編集長から裏付けを要求され取材は難航を極める。
ある日、ウッドワードは秘密の情報源である通称ディープ・スロートとのコンタクトに成功する。彼との密会の場は地下駐車場。素性を明かさないディープ・スロートだが、ウッドワードに金の流れを追えとアドバイスする。
検事局や大統領の再選委員会への取材から徐々に関与する人物をあぶり出したウッドワードとバーンスタイン。彼らはついに共和党再選委員会からの金が盗聴を目論んだ侵入犯に渡ったことを突き止める。
不正を暴いていきたい二人だが、現役大統領との戦いの壁はあまりに高い。編集長に完璧な裏付けを要求され、ようやく出金の詳細を証言できる人物を見つける。これにより第一報を掲載することはできたものの、政府は記事内容を否定する。頼みの綱である証言者にも生活を守るために表舞台に立つことを拒否され、彼らは追撃の記事を上げられずにいた。
司法省への取材で大統領補佐官の関与を聞き出し記事にしたはずが、証言はくつがえされてしまう。ディープ・スロートはこの件にFBIとCIA、司法省も関わって隠蔽を行っているという。
政府の罪を問う大陪審では隠蔽を追及する声さえ上がらなかったと知り、ジャーナリズムの敗北を感じる二人だった。
(エピローグ)
それから2年が経つ中、大統領の関与を示す証拠となる録音テープが暴かれ、ニクソン大統領は辞職。1975年までには各種の隠蔽工作や偽証が明らかにされ、正規のスキャンダルとなったウォーターゲート事件は幕を閉じることになる。
二人の記者の戦い
事件発生からおよそ4年後、全貌がほぼ解明された翌年に公開された本作は、隠蔽工作の詳細よりも巨大な権力に立ち向かい、力及ばず跳ね返されてしまうジャーナリストの姿を描いています。のちに彼らの正しさは証明されるのですが、映画のラストは挫折であり、打開の様子はエピローグにまとめられます。
主役を演じるのはロバート・レッドフォードにダスティン・ホフマンというハリウッドを代表する名優です。
若手記者の方がダスティン・ホフマンなのですが、アメリカでは映画に比べてワンランク下に見られがちだったテレビドラマの俳優から、映画「卒業」によって一気にスターダムにのし上がり、「真夜中のカウボーイ」などを経て本作に出演しています。
一方のロバート・レッドフォードは、やはりテレビドラマから映画界へと進み、「明日に向かって撃て!」のサンダンス・キッド役で人気を博します。「スティング」ではアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされ、名実ともにトップスターの仲間入りしての出演となりました。
映画は二人が役者として、あるいは役の人物として火花を散らすかと思いきや、意外に淡々と進んでいきます。もちろん大スクープを取りに行く話なので編集長との丁々発止のやり取りもありはするものの、とにかく証拠だ確証だとさらりとかわされます。
中途半端な役者であれば俺が俺がと大仰に見せるのかもしれません。そこを二人は不気味な隠蔽工作の影に身震いしながらも職業記者としてのスタンスで地道に食らいついていきます。
作り話なら爆破やカーチェイスが満載といったプロットを、まるでドキュメント映画を見ているような緊迫感で紡いでいくのです。
この映画の前日譚とも言えるのが、ワシントン・ポスト紙の女性オーナーとなったキャサリン・グラハムと政府との報道をめぐる戦いを描いたスピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ」です。
また、当時は新米だったウッドワード記者はその後も様々な真実を追い求め、何かと話題になるトランプ大統領についても執筆しています。
賞レースでの評価
公開から40年以上が経った今でも「大統領の陰謀」は高い評価を得ています。当然のごとくアカデミー賞でも8つの部門でノミネートされました。
そのうち4つの部門でオスカーを獲得していながら、主演男優賞はノミネートすら逃しています。役者周りでは編集長を演じたジェイソン・ロバーズが助演男優賞を受賞しました。異を唱えるわけではありませんが、演技にそこまでの突出した何かがあったとは思えません。しかし映画の性質からすればむしろそれこそがリアリティーという演技の本質にかなっているのかもしれません。
主演男優賞にノミネートされなかったのは、主演の二人、ダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードの票が分散してしまったのも要因かもしれません。ただ、同年の主演男優賞の中には「ネットワーク」からピーター・フィンチとウィリアム・ホールデンがノミネートされているので、二人主演の弊害とは言い切れないでしょう。
ちなみに受賞はピーター・フィンチが果たすのですが、その時点で彼は故人となっていて、役者のカテゴリーではアカデミー賞史上初めて故人のノミネートおよび受賞ということになりました。
さらに蛇足ながら、この年は「タクシードライバー」と「ロッキー」も対象作品であり、ロバート・デ・ニーロとシルベスター・スタローンもまた主演男優賞にノミネートされています。
シルベスター・スタローンは脚本賞でも候補となり、役者と脚本家でのダブルノミネートは「独裁者」でのチャールズ・チャップリンと「市民ケーン」でのオーソン・ウェルズに続いて3人目という快挙でした。
作品情報
原題:ALL THE PRESIDENT’S MEN(1976)
監督:アラン・J・パクラ(Alan J. Pakula)
出演:ダスティン・ホフマン(Dustin Hoffman) ロバート・レッドフォード(Robert Redford)
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