中学生の恋愛くらい一途にのぼせあがる「スワンの恋」


社会的な地位も高い独身のスワンが恋したのは、いわくつきの女性でした。冷静な目を失っているスワンは彼女を追い求めます。現在なら間違いなくストーカーと呼ばれてしまうくらいに執着します。

独特なテンポと雰囲気で作られた映画なので、ストーリーだけで全貌はわかりません。ただ、ラストまでネタバレありなので、見る前に知りたくない人はご注意ください。

あらすじ

名家の当主シャルル・スワンは画家フェルメールの研究家だが未だに独身で、社交界でも結婚相手が誰になるか注目の的。恋の鞘当てもおこなわれている。
しかし、スワンにはすでに意中の人がいた。彼が恋い焦がれるのは友人のシャルリュス男爵に紹介されたオデットという女性で、裕福な暮らしをしていながら、一部では娼館のようなところに出入りしていると噂されていた。

今日もまた、仕事も手につかず、演奏会に出かけても音楽は耳に入らず、ただオデットの姿を探すばかり。
友人にはもう飽きたと強がるものの、本当は彼女のことが気になって仕方がない。
午後、公園でオデットと会ったスワン。彼女はフォルシュヴィルという男と一緒にいた。スワンはフォルシュヴィルがオデットに色目を使っていると言うが、彼女は取り合わない。
その夜はヴェルデュラン夫妻の夜会に行くというオデットに、同席したシャルリュス男爵は低俗な人たちの集まりだと一蹴する。
友人の言葉に対してスワンは彼らこそ芸術を真に理解している人々で、社交界の上辺だけの人たちとは違うと擁護する。
オデットを家に送りがてら、上がり込んだスワン。彼は自分の気持ちを抑えられず、体を売っていたと噂される彼女の過去を詮索する。初めははぐらかしていたオデットもついには女性と経験したこともあると告げる。
ショックを受けるスワンだが、それ以上に彼女のうんざりした表情に気づくと許しを乞うのだった。

夜会の前に夫妻とオペラに行くのだと身支度をするオデットに、一緒に過ごそうと願うスワン。オデットは彼をあしらい出かけていく。
オデットと別れた後、スワンは娼館に行き、彼女の過去を知る女から裏をとる。やはりオデットは娼婦まがいのことをして大金を得ていた。
それでもオデットへの思いが募る一方のスワン。一度は帰宅したものの、すぐにオペラ座へと向かう。
すでにオペラは終わり、人々がまばらな中、彼は街をさまよい、ヴェルデュラン夫妻の夜会がおこなわれている店にたどり着く。
フォルシュヴィルと同席していたオデットを見て、スワンは激しく嫉妬する。

帰り際、スワンがオデットを送ろうとするが、ヴェルデュラン夫人は意地悪をしてオデットと一緒に帰っていってしまう。
低俗な奴らだと悪態をつきながら家路をいくスワン。やがて彼女の家の前を通りかかると周りも気にせず窓を叩く。
帰宅していたオデットに招き入れられたスワンはオデットにアクセサリーをプレゼントする。そして甘いひとときが過ぎる中、スワンは不意にフォルシュヴィルが室内に隠れているのではないかと疑い、家の中を引っ掻き回す。
黙って見ていたオデットは静かにベッドへと彼を誘う。
翌朝、シャルリュス男爵がスワンを訪ねると、スワンはようやく冷静になれたと、自分を取り戻している。オデットはフォルシュヴィルとエジプト旅行にいくが気にしていないと。
そんな彼にシャルリュスは、いつ結婚するのかと尋ねる。

時が経ち、スワンは古い友人の家を訪ね、病気で死にかけていると告げる。相手は信用していないものの彼は歓待される。しかし、彼が馬車で待たせている娘の紹介をしたいそぶりを見せると、それはやんわりと断られる。
その娘はオデットとの子であり、社交界は下賤なオデットをいまだに認めていないからだった。
シャルリュスと会ったスワンは、人も芸術も等しく陳列ケースの中を眺めるように愛情を持って眺めている日々だと弱々しげに告げる。

その頃、豪華な身なりで街をいくオデットの後ろ姿を見て人々が話をしている。オデットもさすがに若さが失われてきたと、俺は彼女と500フランで寝たことがあると、彼女は今やスワン夫人なのだと。

恋の病

紳士スワンのある一日を中心に描かれています。その一日、彼はオデットを追い続けます。精神的にも現実的にも追い続けますが、彼女はどこ吹く風で自由気ままです。
映画を見る限り、その気のないオデットに対して、スワンはストーカーまがいの状態です。でもオデットの心のうちの本当のところはわかりません。
彼女の友人は、オデットがスワンを愛しているといいます。それが本当ならば気のないそぶりも恋の駆け引きといいますか、オデットとしてはちょっとした意地悪くらいのつもりなのかもしれません。

スワンのゆとりのなさは、まるで中学生レベルなのぼせあがり方です。何をするにもオデットのことが気になって仕方がありません。
「男はつらいよ」であれば、お医者様でも草津の湯でも治せない、とからかわれる恋の病です。残念ながらこの物語には寅さんのようにスワンを導いてくれる人はいません。
友人のシャルリュス男爵はアドバイスをくれますが、寅さんぽさはありません。ただ、スワンのことをたしなめながらシャルリュス自身も若い男に色目を使って振られているので、行動だけなら寅さんに近いかもしれません。

豪華な二人

主人公のスワンを演じるのは、英国の俳優ジェレミー・アイアンズです。
彼が基礎を学んだロイヤル・シェイクスピア・カンパニーには、映画「ハムレット」「マラソンマン」など数々の名作に出演したローレンス・オリヴィエ「フランケンシュタイン」や2017年の「オリエント急行殺人事件」など俳優だけでなく監督もできるケネス・ブラナー、あるいはアカデミー賞の常連であるジュディ・デンチら、そうそうたる名優も所属していました。
舞台で鳴らしたジェレミー・アイアンズが映画界に進出したのは1980年のことで、ほぼ一年に一本ペースで撮影に参加し、1984年の「スワンの恋」で5作目でした。今作でジェレミーはフランス語の演技をしています。

ジェレミー・アイアンズは、1990年の「運命の逆転」の演技でアカデミー賞の主演男優賞を始め、各種の賞を総なめにしています。他にも、演劇界のトニー賞、テレビドラマでのエミー賞を獲得したことがあり、三大アワーズを獲得した数少ない俳優の一人でもあります。
近年でも「ダイハード3」でマクレーンを追い詰める敵側のボスを演じたり、マーベルコミックの「アベンジャーズ」のようにDCコミックスの世界を描くDCエクステンデッド・ユニバースでは、「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」などでバットマンの執事アルフレッドを演じるなど、ハリウッド大作にも多く出演しています。

スワンの友人であるシャルリュス男爵を演じたアラン・ドロンは、ことさらに説明する必要もないフランスのスター俳優の一人です。
60年代の「太陽がいっぱい」「地下室のメロディー」などで人気を博し、1971年には「レッド・サン」チャールズ・ブロンソン三船敏郎と共演しています。三船敏郎とは日本のスタジオを訪ねるなど、親交を深めました。

原作

今作はマルセル・プルーストの小説を原作としています。原作小説「失われた時を求めて」は、読んだことはなくてもタイトルは聞いたことがあるという人も少なくないと思います。
ただし、この「失われた時を求めて」はプルーストがおよそ14年の歳月をかけて全7巻を書き上げた大長編小説であり、構造も特殊なものです。
映画化されたのは第1巻「スワン家のほうへ」の中の、第2部「スワンの恋」です。
映画でも表現されていますが、小説は夢と現実が入り混じり、恋愛の只中にある人の心情のフワフワとした感じが描かれています。

叙情的な文学をまとめるのは簡単ではなかったと思いますが、「ブリキの太鼓」で知られる監督のフォルカー・シュレンドルフは、当時の世相や社交界の雰囲気も見せながらうまく映画化しています。

超大作の一部を原作に持ちつつ、映画はほぼ24時間のできごとなっているのもポイントです。

作品情報

原題:UN AMOUR DE SWANN(1984)
監督:フォルカー・シュレンドルフ(Volker Schlondorff)
出演:ジェレミー・アイアンズ(Jeremy Irons) オルネラ・ムティ(Ornella Muti)

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