「夜明け告げるルーのうた」のポップで歪んだ世界観


少年少女と人魚の物語です。斉藤和義の名曲「歌うたいのバラッド」が効果的に使われています。アニメの奥深さを見せつけてくれる作品でもあります。百聞は一見にしかず、まさにそんな映画で、ストーリーもさることながら、ダンサブルな絵の動きが魅力です。

視覚的に楽しむ面も大きな映画とはいえ、以下のあらすじはラストまでネタバレしています。見る前に知りたくない人はご注意ください。

あらすじ

中学3年生のカイは両親が別れたことで、父親とともに祖父の住む実家へと引っ越す。入り江に面した町は、御陰岩と呼ばれる半島の切り立った崖の陰にあり、その先の海には人魚が住むという噂があった。
人魚に噛まれた人は人魚になってしまい、しかも人魚は陽の光に弱くて、日光にさらされると体が燃えて死んでしまうのだった。町に暮らす人の中には、かつて大切な人を人魚にされてしまうなどして、人魚を憎んでいる人もいた。
カイの祖父は釣り船屋を営むも、ほとんど開店休業の状態で、今は趣味のような傘作りをしていた。彼は幼い頃に母親を人魚にされてしまい、人魚を恨んでいた。

カイは趣味で、打ち込みによる音楽制作をしている。ネットにアップしたところ、クラスメイトの遊歩と国夫の目にとまる。
二人はカイを自分たちでやっているセイレーンというバンドに勧誘する。全く乗り気ではないカイは、練習場所が外海の人魚島だと聞いて興味を持ち参加してみることに。
かつて人魚島で計画されていた人魚ランドというテーマパークの跡地で練習をした三人は、帰り道で密漁をする男たちに遭遇して脅されるが、不思議な力によって彼らはやっつけられてしまう。
自宅に戻ったカイが音楽を聴いていると、その音につられて人魚の子供のルーが現れる。

カイたちが練習をしているところに再び姿を現したルーは、音楽を聴くと二本足になり歌い踊り出した。
密漁者から助けてくれたのもルーだと知り、噂のように怖い存在ではないのではと、ルーと仲良くなるカイたち三人。
遊歩の家は町で一番の水産加工業を営んでいて父親と祖父は町の名士でもあった。遊歩の父親は娘を溺愛していて、夏の祭りの催し物でセイレーンに演奏させることにする。
カイたちは、ルーに歌わせようと隠して連れてきたものの、興奮したルーの力が暴走して会場中の人々が踊り出してしまう。
その様子はネットに拡散されて、ルーの姿も皆の知るところとなる。遊歩の父親は行政と組んでルーを町興しに利用しようとする。
カイは反対するも、遊歩と国夫は乗り気。カイ抜きで人魚ランド再開のステージに立った遊歩たちだが、そこでルーがさらなる暴走をしてしまい、ステージは大混乱になる。

ステージがめちゃくちゃになり家出した遊歩のことを、遊歩の父はルーのせいにして閉じ込めてしまう。それを救いに来たルーのパパも捕らえられてしまった。
同じ頃、町では妙な現象が起こり始め、さらに潮位が上がり町が徐々に水没していく。ルーとパパを救出したカイたちは一緒に町の人たちを救うために奮闘する。
人魚に対して誤解があった人たちも、実は過去に海難事故にあった人々を救うために、人魚はやむなく彼らを噛んで人魚にすることで救っていたと知る。
人魚として生きていた母親と再会したカイの祖父は、共に海中へと消えていく。
今回はルーたちの力でなんとか町の人たちを陸に上げて救うことに成功したものの、災害の影響で御陰岩は崩れ去ってしまった。
日陰がなくなり、もはやこの地の海に住めなくなったルーたちは何処かへと去った。

中学卒業を控えるカイたちは、それぞれの進路へと歩んでいく。

テーマは直球

あらすじでは少し筋道がわかりづらいと思います。実際、子供向けのアニメというよりは、少し年齢層が高くなっています。
だからと言って子供が見ても楽しくないわけではなく、陽気なシーンも多い映画です。
ジャンルとしてはファンタージー作品でありながら、テーマは身近な家族愛と絆です。カイの家族とルーの家族、人間と人魚で住む世界は違っても家族の大切さは変わりません。そして種族を超えた絆が物語を締めくくります。

また、主人公の成長を描く王道の物語でもあります。両親が別れて内向的に育ったカイが、外の世界、どころか人間以外の世界と交わっていきます。
いつしか、ミュージシャンの夢を諦めた父親のことも、ダンサーの夢を追い続けている母親のことも、どちらも理解できるようになっていきます。
カイの仲間たちも、狭い田舎の中で地理的にも風習にも捉われいたところから成長します。
見終われば、かなりストレートな青春の一ページに起きた冒険譚だとわかります。でも、彼らの本当の成長はこれからです。自分がまだまだ子供だと知り、見聞を広げるため未来に向けて歩み出すまでの物語なのです。

アニメーションだからできること

テーマは真面目でも、描き方はかなりポップです。多くのシーンでミュージカルのように歌って踊ります。
その時の人々の姿は、リアリティーよりもダイナミックさを優先させています。手足の関節を始め、人体の構造を超越して、ぐにゃりとゴム人間みたいになって踊ります。
また、音楽に合わせて背景や町並みも変幻自在です。いろいろな視覚表現を駆使して、酩酊感のある画面が溢れ出します。
CGを使えば実写でも似た絵作りは可能かもしれませんが、やはりここまですんなりと受け止められるのはアニメーションの強みでしょう。

湯浅監督

ミュージカルのようとは言ったものの、ミュージカルではく、独自のジャンルを形成しています。
言うなれば、湯浅政明監督色の強い映画です。
同監督の「夜は短し歩けよ乙女」は、作り方において間違いなくこの映画の源流にあります。
森見登美彦の原作小説からして、奇想天外な登場人物とストーリーの濁流のような作品です。映像化を期待しつつ、触れれば火傷する感があったのも確かです。
そんな原作を、これしかないと思える形で、テイストを変えることなく映像化しています。
ディズニーの「ファンタジア」にも通ずる、摩訶不思議な聴覚と視覚の体験をしてみたい人は楽しめるはずです。

湯浅監督の作品が割りを食っている点があるとすれば、予告編で面白さが伝わりにくい点ではないでしょうか。
「夜明け告げるルーのうた」にしても「夜は短し歩けよ乙女」でも、予告編を見ただけでは不思議な雰囲気に目がいくばかりです。今ひとつ内容がピンとこないかもしれません。
けれど、実際は絵作りとは別のところで、しっかりと感動を与えてくれます。

本作は、少女人魚のアニメという共通項以上に、宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」を想起させます。類似性は湯浅監督もわかっていることで、だからどうと言うのではなく、似て大いに非なるポイントを感じてみるのがいいのではないでしょうか。
思えば、「君の名は。」「天気の子」新海誠監督も、「星を追う子ども」ではかなり宮崎アニメの要素が散見できました。それに関しては、はっきりと影響を受けていてむしろ意図的に寄せていることを明言されています。
ディズニーアニメが多くのフォロワーを生んでいるのと同じことです。

作品情報

原題:夜明け告げるルーのうた(2017)
監督:湯浅政明
声の出演:下田翔大 谷花音

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