謎に包まれた究極の奥義「隠し剣 鬼の爪」の正体は

文明開化の足音がする中、田舎侍にも武士道の矜持はありました。己の藩に、主君に仕える価値はあるのか、絶対と信じた価値観が揺らいでいく侍の物語です。
あらすじにはラストまでのネタバレがあります。鑑賞前に知りたくない人はご注意ください。

あらすじ

父親が切腹する事態になったことから、片桐家は落ちぶれてしまうが、当主を継いだ宗蔵永瀬正敏)はただ実直に日々を過ごしていた。
やがて母親(倍賞千恵子)が亡くなり、妹の志乃田畑智子)は宗蔵の親友である島田左門吉岡秀隆)と結婚する。
さらに、幼い頃から片桐家に奉公していたきえ松たか子)も商家に嫁いでいった。

3年が経ち、宗蔵は街で偶然きえと再会する。
明るく元気だったきえは痩せ細り、幸せそうには見えなかった。

宗蔵の仕える藩に、遠く江戸から銃の指南役がやってくる。
大砲も銃も見たことがない侍たちに、指南役は苦労しながらも扱いを教えていく。
侍の時代は終わろうとしていて、日本は欧米にならった近代化へと向かっていた。

宗蔵は左門から、きえが義母にこき使われて病気になり寝込んでいると聞かされる。
怒った宗蔵はきえが嫁いだ商家に乗り込み、強引にきえを連れ戻す
しばらくして回復したきえは、もう結婚はこりごりだと、再び宗蔵に奉公することになった。

そんな折、宗蔵と左門の仲間で、江戸に行っていた狭間弥市郎小沢正悦)が謀反を企てた罪人として藩に連行されてくる。
切腹を許されず、無期懲役にあたる「郷入り」となって劣悪な環境の牢に入れられた狭間。
家老の緒形拳)と大目付の甲田小林稔侍)は、戸田寛斎田中泯)の門下生として狭間と共に剣を学んでいた宗蔵を呼び出す。
狭間と特に親しかった者の名前をあげろと詰め寄る堀と甲田に対して、仮に知っていても仲間を売るような真似は侍としてできないと言い放つ宗蔵。

きえのことを嫁入り先から白昼堂々連れ出したことで、宗蔵のことを悪く言う者がいると左門が伝える。
このままではいけないと、宗蔵はきえを実家に返すことにした。

牢の狭間が逃げ出して、農家に立てこもった。
藩で屈指の剣の使い手である狭間に対して、大目付の甲田は宗蔵に狭間を斬れと命じる。
藩命を受けた宗蔵は、師匠の戸田に挨拶に行く。
ほぼ互角の力を持つ狭間と宗蔵だが、戸田は宗蔵だけに隠し剣と呼ばれる秘技を授けていた
そして今また戸田は、振り向きざまに相手を斬るという特別な技を宗蔵に伝授する。

狭間の元へ向かう前夜、狭間の妻の高島礼子)がやってきて、狭間を逃して欲しいと願う。
だが、宗蔵は藩命には背けないと桂を返す。
桂はそれならばと家老の堀を訪ねて懇願することに。

狭間と相対した宗蔵は、鉄砲隊に囲まれて逃げ場がない今、侍らしく腹を切れと話す。
狭間は私腹を肥やす家老の堀こそが悪人であり、それを倒そうとする自分は謀反人などではないとして聞く耳を持たない。
さらに狭間は、戸田寛斎が宗蔵に隠し剣を授けたことも恨みに思っていた。
二人はいよいよ剣を交わす。
狭間の腕は確かだったが、戸田に教えられた技で狭間を斬る宗蔵。
しかし、とどめを刺す前に、鉄砲隊が狭間を撃ち殺す。
鉄砲などに殺された狭間の無念を思い、宗蔵は怒りに震える

帰り道、桂に会った宗蔵は、桂が堀の元に行き、一夜を過ごすことと引き換えに狭間の免罪を約束してもらったと言われる。
堀に報告に上がった際、宗蔵はそのことを堀に尋ねるが、堀は元から免罪などするつもりはなく、口からでまかせを言っただけだと言い放った。

桂が絶望の中で自決したことを知り、決意を秘めてお城へと上がる宗蔵。
堀が一人になったところに現れた宗蔵は、何気ない動作で腕を一閃し、立ち去る
何が起きたのか理解できないまま、倒れて絶命する堀。
それこそが隠し剣、鬼の爪だった。

復讐を遂げた宗蔵は、文明開化の足音が聞こえる中で侍であることをやめて平民になる。
そして、きえの家を訪ね、一緒に蝦夷の開拓に行こうと結婚を申し込むのだった。

隠し剣の正体とは

鬼の爪と名付けられた秘技、隠し剣は一子相伝の暗殺技です。
宗蔵たちの師匠である戸田が編み出し、門下生たちは切磋琢磨しながら我こそは伝承者になるのだとしのぎを削ったことでしょう。
宗蔵や左門の友である狭間は血気盛んな性格で、二人との友情は偽りではないものの、心の底では戸田が宗蔵に奥義を授けたことが澱のようなわだかまりになっていたようです。

宗蔵が狭間と戦ったときに繰り出した、振り向きざまに斬る剣技も戸田の奥義の一つであり、これまで誰にも明かされてきませんでした。
ですから、狭間は宗蔵のその技に斬られた際、これこそが戸田の奥義である隠し剣だと思ったのです。

実際は違いました。
刀を使った剣技ではなく、まるで必殺仕事人が細長い針を使うかごとくに、家老の堀を始末した暗殺剣こそが鬼の爪の正体だったのです。
目にも留まらぬ正確な一刺しで相手の心臓を突き、外傷はほんの小さな針を刺した痕を残すのみ。
標的となった人物の体の中は血だらけとなって絶命するという、壮絶な技なのです。

文明開化

日本が西洋の文化を受け入れ、侍の国から一気に舵を切った時代こそ、激動と呼ぶにふさわしい歴史のターニングポイントだったはずです。
国民を巻き込んでの大転換期としては、第二次世界大戦も同じような激動の時代です。
しかし、宇宙人とのファーストコンタクトにも似た価値観の修正を迫られたのは、後にも先にも江戸の終わりだけでしょう。

西洋人との心の交流描く「ラスト サムライ」や、切り捨て御免がなくなり仇討ちが禁止される「柘榴坂の仇討」など、サムライが刀を置く前夜を描いた作品にには佳作が多くあります。
いずれも、武士道の散り際がテーマの一つとなっています。
明らかに時代に相容れなくなった己の進退をどうするか、恥をさらしてでも生きるべきか、潔く散るべきか、究極の問いです。

山田組

本作を監督した山田洋次監督は数多くの名作を撮ってきましたが、「男はつらいよ」のシリーズは映画史を代表する名作の一つです。
一つと言いましたが、シリーズ全作がどれも名作です。
「隠し剣 鬼の爪」にも、「男はつらいよ」のシリーズに出演していたキャストが何人か参加しています。
倍賞千恵子さんと吉岡秀隆さんはもちろんのこと、神戸浩さんもいつもながらの味わいを見せてくれます。

主演の永瀬正敏さんは、シリーズ第45作の「男はつらいよ 寅次郎の青春」に出演しています。
役柄は、漁師の竜介という理髪師を演じた風吹ジュンさんの弟役でした。
満男(吉岡秀隆)が泉(後藤久美子)を竜介にとられてしまうのではないかと不機嫌になった回です。
祭り会場のライブシーンでは、永瀬さんがバンドのボーカルとして活躍していました。
いずれも、役者さんの演技の幅広さを感じられて面白いです。

作品情報

原題:隠し剣 鬼の爪(2004)
監督:山田洋次
出演:永瀬正敏 松たか子

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