映画「しあわせの絵の具」は、カナダの実在の画家、モード・ルイスの半生を追った感動的な作品です。芸術に関する教えを受けたことはなく、リウマチで多少不自由な体を使いながら、思うがままの絵を描いていきます。
絵柄はシンプルですが、技法を超えて心に響くものがあり、ある意味でアートの真髄を表現しています。映画は、アートそのものより、モードと夫エヴェレットとの愛の物語と呼んでいいストーリーになっています。
どんな映画かと言えば
この映画はとてもいいです。
と、思わず片言の感想を発してしまうほど、いい映画でした。いい映画の定義は人それぞれなので、さらに端的に言うならば、泣ける映画でした。思わず目頭が熱くなって、瞳に涙がたまって、周りを気にしなくてもいいのであればポロポロと涙を流すことでしょう。
いいや、泣けばいいさ。周りもきっと泣いているから。
とはいえ、これでもかと泣かせにかかってくる作りではありません。丁寧に紡がれていって、ラストにかけて、じんわりと思わず泣けてくる作品なのでした。不器用で社会への順応性が高いとはいえない男女が出会って、互い同士を必要として、自分たちの世界を大切に築き上げていく様がいいのです。
気になってモード・ルイスについて調べてみて驚いたのは、映画はおそらくですが、かなり脚色をしているということです。ただ、その脚色がやりすぎどころか、とてもナチュラルで、「あぁ、きっとこういう穏やかな毎日だったんだろうな」と思わずにはいられない落ち着いたまとめ方をされていて良かったです。
あらすじ
両親を亡くしたモードは、おばさんの家に預けられる。観客は徐々に知ることになるが、この時点でモードは生まれたての子が死んでしまう経験をしている。一夜の関係でできた子にもかかわらず、モードの心には大きな悲しみとなって刻まれているのだ。
兄は無茶な事業の拡大の末に借金まみれになって、思い出の詰まった自宅を手放してしまう。一方で、若くして患ったリウマチで体が少し不自由なモードは、それでも自立をしたいと強く思っている。
ある日、街の雑貨店で家政婦を探していたエヴェレットを見かけたモードは、押しかけるようにエベレットの家に転がり込んで職を得る。
粗野なエヴェレットは孤児院の出で、今では街のはみ出し者。モードにも強く当たるものの、実直なモードとの間に徐々に絆が芽生えていく。モードが描いた絵を売り始め、ファンがつき始め、ニクソン副大統領から発注を受けたあたりで、国内外でも評判になる。
絵が売れるようになっても、モードとエヴェレットは質素な暮らしを変えようとはしない。二人は小さな世界で幸せな暮らしを続けるが、モードの病はだんだんと酷くなっていき、入院を余儀なくされ、別れの時が迫っていると知るのだった。
事実との違いを調べてみると
映画は映画であって、原作からの改変や、史実からの脚色などがあってもいいのだと思っています。ドキュメンタリーでやらせがあっては問題ですが、映画はエンターテインメントとして提供されているからです。
映画を通して、原作が気になったら小説なり漫画なりを買って読んでみればいいわけですし、現実の出来事を基に作られたものなら、改めて自伝や史書を読んだり、事実関係を調べてみれば、さらに楽しむことができたり、知識を得ることができます。
「しあわせの絵の具」はとてもうまく作られているので、過度なアレンジを感じさせません。それでも、実際のエヴェレットとモードというルイス夫妻の生活とは、若干違った描写もされています。ちょっとした興味として、どのような点が違っていたのか見てみると、
・映画ではモードの絵はエヴェレットと一緒になってから販売されるが、実際は幼少期に母親とクリスマスカードを作って売っていた。
・映画にはモードが絵を描くのに忙しくなっていったため家事を分担する描写があるが、当初から体の不自由なモードに代わってエヴェレットが家事をしていた。
・テレビ番組で有名になった際、モードにアトリエとなるトレーラーハウスが贈られたが、映画には登場しない。
といったあたりが、主な違いになります。
半生や生涯が映画化されるくらいの人は、大抵がドラマチックで感動的なストーリーを持っています。多少の演出を加えたところで、その人の偉業や人生そのものには何の影響もありません。映画を見るまでは名前すら知らなかった人のことを知って、感動までできてしまうのですから、映画様様です。
映画史上、上位クラスのツンデレ
日本では漫画やアニメの影響で、ツンデレが定番キャラクタージャンルとなっています。そのほとんどは、勝気な女の子が「~じゃないんだからねっ」と言いつつ頬を赤らめるようなフォーマットに則っています。そこにいくと、この「しあわせの絵の具」のツンデレぶりは常軌を逸したレベルです。
髭面で無骨な大の男が、散々大声を張り上げた後で、黙々と女房の要望に応えるパターンになっています。これはもう、ツンデレとギャップ萌えのハイブリッドです。映画も中盤を超えると、見ている側でも旦那のキャラを掴んできて、「はいはい、この後フォローが入るんでしょ」と、すっかり可愛いヤツ扱いでナメきっています。
エヴェレットを演じたイーサン・ホークは、インディペンデント寄りの渋い作品に出ている印象が強く、通好みながら演技力に定評のある役者です。多くの佳作に出演しているので、気になった人は片っ端から見てみてもらいたいですし、あえて挙げるなら「ガタカ」は必見の作品です。
エヴェレットが晩年、自分でも絵を描くようになったのは、亡きモードとの思い出の中にいたかったからと考えるのはロマンチスト過ぎるでしょうか。映画の中では触れられていないエヴェレットの最期は、強盗に入られて死んでしまうという哀しいものでした。
作品情報
原題:MAudIE(2016)
監督:アシュリング・ウォルシュ(Aisling Walsh)
出演:サリー・ホーキンス(Sally Hawkins) イーサン・ホーク(Ethan Hawke)
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