「空飛ぶタイヤ」の人々のように巨大な壁に立ち向かうには


実際の事故と事件を基にした小説の映画化で、中小企業の社長が巨大財閥系企業の隠蔽工作に真っ向から挑みます。無理筋の闘いが小さな火種となって、やがて炎が立ち上ります。ニュースを見れば、未だ世の中には不正が溢れています。

小説出版からの期間やドラマ化もあったことから、以下のあらすじにはネタバレを含んで紹介しています。初見の方はご注意ください。

あらすじ

赤松運送のトラックが脱輪事故を起こして、そのタイヤが歩道を歩いていた母子を直撃する。子供は軽傷ながら母親は死亡、メーカーの事故調査によって原因は運送会社の整備不良とされた。整備員門田(阿部顕嵐)を解雇した社長の赤松(長瀬智也)だが、後に整備記録から整備不良はなかったと確信し、門田に復職を願うとともに、事故の独自調査に乗り出す。
自動車メーカーのホープ自動車は銀行なども抱える財閥グループの一員で、零細企業が簡単に太刀打ち出来る相手ではなかった。過去に同じような脱輪事故を起こした運送会社を訪ねても、有力な証拠や証言を得ることができない。
赤松の動きとは別に、週刊誌の記者榎本(小池栄子)も独自の調査を進めていた。また、赤松から何度も問い合わせを受けていたホープ自動車の沢田(ディーン・フジオカ)も次第に疑念を膨らませていき、社内の事情通である小牧(ムロツヨシ)に探りを入れてもらう。もう一人、ホープ銀行の融資担当である井崎(高橋一生)も、ホープ自動車の重役である狩野(岸部一徳)の圧力に屈することなく、安易な融資をりん議に回さずにいた。
沢田から1億円で手を引くように取引を持ちかけられたの断った赤松だが、遺族にはなじられ、調査も難航していた。頼みの綱だった榎本の記事も上層部にもみ消されて発表されることはなかった。しかし、ついに有力な証拠を持つ相沢(佐々木蔵之介)に辿り着く。
相沢から得た証拠で整備不良とされた原因を覆した赤松は、警察にも調査を依頼する。同じ頃、ホープ自動車の沢田もまた社内で動かぬ証拠を手に入れて警察への提供を終えていた。
そして、ホープ自動車への強制捜査が始まる。

小説を映像化する

テレビドラマ「半沢直樹」の大ヒット、その後も「下町ロケット」や「陸王」に「花咲舞」のシリーズなど、東野圭吾もかくやというほどに、今や最もドラマ映像化界隈で人気の作家が池井戸潤ではないでしょうか。意外にも「空飛ぶタイヤ」は池井戸潤の作品で初めての映画化となります。
銀行や企業にメスを入れるような作風から経済小説とジャンル分けされる作家ながら、近年はエンタメ色も強く打ち出すようになっています。「倍返しだ」のセリフの如く、映像化されることで話題になり、原作の小説にさらなる注目が集まるのは作家にとってもいいことだと思います。
実は、「空飛ぶタイヤ」は映画化される前にWOWOWで連続ドラマとして放送されています。横山秀夫「64 ロクヨン」がNHKでドラマ放送された後、映画版が公開されたのと同様に、ドラマと映画が別々に作られるのは珍しいことではありません。
連続ものとしてドラマの結末あるいはスピンオフを映画でとなると、映画一見さんは置いてけぼりになってしまいがちです。一方で、ドラマと映画が別々の時は、キャストを含めて是非が比較されがちです。とはいえ、実のところ両方を見ているケースは意外と少ないようです。

一般に、テレビドラマでの映像化は複数回で放送されることが多く、原作小説の内容を余すところなく描き切れます。時間にすれば5〜6時間くらいか、それ以上使っていたりします。映画は前後編にでもしない限り、2時間ほどでまとめなければなりません。エピソードを端折ったり、2人の登場人物を1人にして表現することもあります。
ダイジェストにすることなく、それでいて原作の面白さをまとめるには脚色の力が大切になります。米アカデミー賞でもオリジナルを対象とした脚本賞と、原作ありの脚色賞が分かれています。それほどに映画用にストーリーやキャラクターを再構築する作業は大切なのです。

現実に起きた出来事

「空飛ぶタイヤ」には原作小説があります。その小説は実際に起きた事故とリコール隠しを基にして書かれています。映画にはよく based on a true story あるいは 〜true event と表記された実話ベースのものがあります。この映画では特に表記されていないものの、原作からすれば実話ベースのお話として間違いないでしょう。
では、今回の場合の実際の出来事とは何かというと、三菱自動車工業、特に三菱ふそうのトラックのタイヤが脱輪したことで歩道にいた母子のうち母親が直撃を受け死亡した事故と、関連するリコール隠しです。
映画にもあるように、数年前のリコール隠しで社内体制や業務内容が改善されていると思われていたはずが、わずか2〜3年後に新たなリコール隠しが発見されたのです。映画でホープ自動車とされた財閥系のグループは三菱のことです。
この出来事を少し調べれば、映画以上に大掛かりな隠蔽の印象を受けます。発覚のきっかけは内部告発で、事情をよく知る匿名の人物によるリークはかなり緻密な内容だったとされています。さらに、被害者の弁護士が被害者から弁護料を不正に得たことで処分を受けるなど、何とも救い難い二次被害が起きたりもしました。
現実は小説や映画ほど甘くないのが大方です。でも、時には誰かが立ち上がって、悪巧みを暴いてくれることがあるのです。

実話を映画化する

テレビドラマはスポンサーの意向を気にして内容を選ばざるを得ませんし、映画も出資企業を募りやすい内容にせざるを得ないことがあります。実在の人物や実際の出来事を扱う場合は、特に注意が必要です。偉業ならまだしも、不祥事となると扱いづらさのレベルは格段に上がります。
洋画に比べて事件や事故の映画化が少ないのもそのためです。スティーヴン・ソダーバーグが監督し、ジュリア・ロバーツが主演してアカデミー賞の主演女優賞を受賞した「エリン・ブロコビッチ」は、大企業を相手取り300億円以上の和解金を勝ち取るに至った実在の女性の話です。

人の感情もあります。災害などの場合、どんな意義があろうと、エンタメには違いない映画にしてしまっていいのかという意見が上がるのもわからなくはありません。無配慮はいけませんが、色々な形にして残したり、問題提起したりするのも大切なのではないでしょうか。
米国の大きなトラウマとなっている9.11に関しても、オリバー・ストーン監督の「ワールド・トレード・センター」をはじめ、多くの映画作品になっています。

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名もなきヒーローになれるか

善と悪や正義は、立場によって変わります。人も組織も、できれば都合の悪い真実は隠したり、闇に葬ったりしたいものです。「空飛ぶタイヤ」に登場する何人かは、隠された真実を暴くために闘います。
ヒーローが架空であれ実在であれ、憧れ、自分もかくありたいと思いつつ、いざその時、立ち上がれるかと問われれば、おそらく難しいと思います。
続編の公開が迫るM. ナイト・シャマラン監督の「アンブレイカブル」はフィクションの物語ながら、しがない男がヒーローとして立ち上がる時までを描いていて、心震えます。

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作品情報

原題:空飛ぶタイヤ(2018)
監督:本木克英
出演:長瀬智也 ディーン・フジオカ

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