ドタバタとした喜劇ですが、昔ながらの人情ものであらゆる世代が楽しめます。伝統的な松竹喜劇の新作を見ることができるのに感謝です。シリーズがどこまで続くかはわかりませんが、1作でも多く続いて欲しいと願わずにはいられません。
まずは、ネタバレどころか、あまりにシンプルなあらすじです。
あらすじ
在宅中に泥棒に入られて鉢合わせた史枝(夏川結衣)は恐怖を感じるが、それよりもヘソクリをしていて盗まれたことを夫の幸之助(西村まさ彦)に責められる。主婦であることに疲れた史枝は家を出て故郷に帰ってしまう。
主婦のいなくなった平田家は、同居する幸之助の両親が取り仕切ることになるが、肝心の母・富子(吉行和子)が体調を崩してしまう。父・周造(橋爪功)は元より頼りなく、強がる幸之助もついに史枝を連れ戻すことを決意する。
と、2時間少々の映画にしてはあまりに簡潔なあらすじなのは、この映画が人間模様を楽しむものだからです。人々の生活を見ていると、一人一人にドラマがあることがわかります。その集合体がストーリーになっているのです。
山田洋次監督作品
甚だ勝手なイメージで申すなら、山田洋次監督は職人監督だと思います。アーティスティックな表現にこだわるのではなく、仕事として監督をしている気がするのです。だからと言って、没個性なわけではありません。むしろ、長い監督活動の中で唯一無二に近い山田洋次ワールドをしっかりと確立しています。
唯一無二と断言せずに、近い、と表現するのは、山田洋次が脚本家としても「釣りバカ日誌」などで世界観を発揮しているからで、自分自身で監督するかに関わらないからです。
山田洋次といえば松竹というほど、監督としてはもとより、脚本などでもほぼ全ての作品が松竹のものです。東宝の「社長」シリーズなどとは一味違った松竹喜劇を確立しつつ、時に笑いではなく真摯な人間ドラマも描くこともあります。だから、作家性もあって、職人系でもあると思うのです。
山田洋次と「男はつらいよ」は切っても切れない関係です。渥美清の死去によって50作を前に終了してしまったシリーズの、新たなスタートを切るかのようにして始まった「家族はつらいよ」も三作目となりました。
はじめの二作ではどうしても「男はつらいよ」と比べてしまう感があったのですが、「妻よ薔薇のように」からは新たなシリーズとして定着した気がします。つまり、登場人物のキャラも把握できて、見る側も慣れてきました。
寅さんという絶対的な主役がいるのではなく、家族の群像劇として、タイトルそのままの映画なのです。
ところで、これまで山田洋次監督作品に触れてこなかった人には、ぜひ「男はつらいよ」を見て欲しいと思いながらも、シリーズの多さに気が引けるのもわからなくはありません。そこで他からあえて一本選ぶのであれば「幸福の黄色いハンカチ」を挙げてみたいと思います。
40年ほど前に公開された「幸福の黄色いハンカチ」は、高倉健が主演で、桃井かおりと武田鉄矢との三人でのロードムービーです。桃井かおりがこの頃からすでに桃井かおりなのに対して、映画初出演の武田鉄矢の若さ溢れるあんちゃんぶりが必見です。
オマージュ作品
「家族はつらいよ」として始まったシリーズも、三作目となってサブタイトルの方がメインとなりました。
そのタイトル「妻よ薔薇のように」は、1935年に公開された映画「妻よ薔薇のやうに」へのオマージュだと言われています。この「妻よ薔薇のやうに」な、アメリカで映画祭などのイベント上映ではなく商業的に公開されたものとしては、初めての日本映画とされています。
監督したのは成瀬巳喜男で、日本映画の初期、モノクロサイレントの時代から映画を撮ってきた人です。数多くの映画を撮り、黒澤明が助監督として付いたこともある名匠です。代表作を選ぶのであれば、1955年の「浮雲」ではないでしょうか。
モノクロトーキーの「浮雲」は、高峰秀子と森雅之の共演によるメロドラマで、岡本喜八監督が助監督として付いていた作品です。高峰秀子といえば、子役からスタートして50代まで次々と名作に出演したスターであり、森雅之は「羅生門」や「雨月物語」に主演するなど、今で言うイケメン俳優、当時の二枚目俳優として名を馳せました。
映画界ではリメイクやパロディーとは別に、オマージュを捧げる作品が少なくありません。内容的なオマージュのこともあれば、ワンシーンでのオマージュ、あるいは「妻よ薔薇のように」のようにタイトルでのオマージュもあります。
近年ではアニメ映画「君の名は。」が最も有名ではないでしょうか。オリジナルの「君の名は」は、ラジオドラマからスタートして、岸惠子と佐田啓二が主演した映画も大ヒットします。「君の名は。」との内容的なリンクは特になく、あえて挙げるとすれば男女のすれ違いと再会くらいです。
「君の名は。」は2000万人近くを動員して、国内で4番目に興行収入を上げた映画です。一方の「君の名は」は三部作ながら、総動員数はおよそ3000万人ということで、こちらも社会現象となった破格のヒット作であったことがわかります。
ちなみに「君の名は」に出ている佐田啓二は中井貴一のお父さんで、明らかに面影があります。この映画もまた松竹制作で、「妻よ薔薇のように」に繋がるわけです。強引ですが。
作品情報
原題:妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII(2018)
監督:山田洋次
出演:橋爪功 夏川結衣
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