稀代のアクションスターを主演に迎えたゾンビ映画なのに、ドンパチはほぼ皆無という異色の作品です。ゾンビらしいホラー要素はありながら、終末的世界の中で暮らす父と娘の人間味溢れる親子愛が描かれています。
まさに粗筋ではあるものの、ラストまでの流れを記しています。ストーリーそのもの以上に映し出される雰囲気を楽しむ映画とは思いますが、極力ネタバレをしないで見たい人はご注意ください。
あらすじ
荒れ果てた街へ向かって父親のウェイドが車を走らせている。やってきたのは病院。隔離病棟から娘のマギーを連れて帰る。
世界は未知のウィルスに侵され、人々のゾンビ化が進んでいた。反抗期のマギーは無謀にも出歩いている中で噛まれ、感染してしまったのだ。
農場の一軒家へと戻るウェイドとマギー。継母は弟と妹を実家へと避難させる。マギーの症状はまだ酷くないものの、やがて意識をなくして周りの人を襲うことは間違いなかった。
指先から徐々に腐り始めるマギーの体。そんな時、隣家で密かに匿われていた感染者がゾンビ化してウェイドとマギーを襲う。ゾンビを倒すことはできたが、旧知の警察はマギーを隔離することを勧める。
空き家となった隣家を訪ねてみたウェイドは、その家で起きていたことを知る。自分たちと同じように幼い娘が感染しても世話を続け、父親も感染してしまいながら共に生きることをやめなかったのだ。やるせない思いにかられるウェイド。
マギーは親友アリーからの誘いを受けてキャンプへ行くことにする。仲間たちの中には元彼のトレントもいたが、トレントもまた感染してしまっていた。
マギーよりも症状が進んでいるトレントはやがて人の肉を欲するようになり部屋に閉じこもる。ついには警察に連行され隔離させられてしまうトレント。
罠にかかっていた狐を衝動的に食べてしまったマギーは、自分が理性を保てる時間は短いと悟る。継母は怖さに耐えられずに弟と妹を預けている実家へと行ってしまう。
残されたウェイドは警察を説得して最後までマギーの面倒を見ることにする。
ウェイドとマギーは先妻の墓を訪ねる。
最期の日が近づく中、ウェイドはマギーが理性を無くした時は自分の手で始末しようと心を決める。
明け方、マギーは最後の理性を振り絞って屋根の上へと登るのであった。
そして……
新しいタイプのゾンビ映画
ゾンビ映画といえば死人が蘇って生者を襲うのがパターンであり、ホラー映画やスプラッタ映画の代表格です。毎年のように新作が作られ、大作からB級作まで様々な規模感のものがあります。これだけ量産されればマンネリ化は避けられず、制作者たちはあれやこれやの新パターンを作り出します。
近年におけるエポックメイキングなゾンビは、「28日後…」に代表されるダッシュするゾンビです。両手を突き出してノロノロと徘徊するゾンビのイメージを覆し、全速力で駆けてくるゾンビは衝撃でした。
しかし、それすらもパターン化してくると、今度はゾンビにちょっとした感情を持たせることが流行ります。喰らうという本能むき出しのゾンビではなく、「COLIN」(コリン)のように生前の愛情などを行動の基準にしているエモーショナルなゾンビを生んだのです。
今作「マギー」も系統でいけば叙情派ゾンビ映画と呼べるタイプです。
人を襲う場面は最小限で、ショッキングさはほぼありません。全編通して静謐な雰囲気に満ち溢れています。肉体派のアーノルド・シュワルツェネッガーを配しておきながら、アクションではなく父と娘の感情の機微を描きます。
意表をつきすぎて拍子抜けする人もいると思います。ただし、この映画はあくまでもドラマを楽しむものだとわかって見れば、なかなかどうして趣深いものがあります。
ゾンビの魅力とは
多くの人々は死を恐れるもので、不死への憧れを持っています。一方で、アンデッドのものを恐れる傾向もあり、その相反した感情がゾンビ映画の魅力でもあります。
モンスターに分類されることも多いゾンビですが、もともとは同じ人間で、家族や友人など身近な人々だったりもします。複雑な関係性は恐怖と愛情のどちらにも振ることができます。つまり、ドラマチックな存在なのです。
前段で挙げた「COLIN」はインディペンデントな小品ながら、叙情性が受けてスマッシュヒットとなりました。宣伝文句としては45ポンドで製作されたとのことですからおよそ7000円程度になり、レートを考えても1万円かかっていないということになります。
2008年の作品ですから、テープやメモリーカードなどのメディア代と血のり代、たとえそれがケチャップであったとしても、あっという間に使い切ってしまう金額です。さすがに少し話を盛っていると見るべきでしょうけれど、仲間たちと手弁当方式で1年半かけて作られたことには違いありません。
製作費7000円を大雑把にドル換算すると70ドル程度です。これがいかに低予算であるかを知るには、低予算映画の話題で必ず出てくる「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」で比較するといいでしょう。
発見された手持ちカメラの映像だとの触れ込みだった「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」は、ホームビデオの態ですからなるほどお金はかかっていません。それでも製作費は6万ドルで、およそ600万円です。
また、2018年に話題をさらった「カメラを止めるな!」は映画スクール絡みの作品で、自主制作に近いものです。それでさえも製作費は300万円と言われているので、「COLIN」の低予算ぶりが際立ちますし、低予算どころかほぼ只で作っていることになります。
ブラッド・ピットが主演した「ワールド・ウォーZ」のようにおよそ200億円をかけて制作されるものもあれば、「COLIN」のようにおよそ7000円で制作されるものもあるのですから、ゾンビ映画の奥深さは底がしれません。
作品情報
原題:MAGGIE(2015)
監督:ヘンリー・ホブソン(Henry Hobson)
出演:アーノルド・シュワルツェネッガー(Arnold Schwarzenegger) アビゲイル・ブレスリン(Abigail Breslin)
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