「ルイスと不思議の時計」は意外とダークなファンタジーなのがいい


正統派な魔法使い映画の一作でありながら、屋敷内にとどまるスケール感が2時間の映画としては絶妙です。コミカルな演技に目を奪われがちですが、黒魔術との戦いはまさにブラック。俳優もテーマもブラックなのです。失礼しました。

あらすじは結末近くまでの内容を記していますが、この映画はルイスとジョナサンのやり取りや、マジカルなヴィジュアルを楽しむ要素が多分にあるので、あらすじを知った上でも十分に楽しめると思います。
とはいえ、一切のネタバレを知りたくない人はご注意ください。

あらすじ

両親を事故で亡くしたルイスは、叔父ジョナサンからの誘いで彼の屋敷で暮らすことになる。至るところに時計がある屋敷だが、ジョナサンは面白くて優しく、ルイスの自由にしていいと温かく迎えてくれる。
屋敷には隣家のフローレンスという女性が出入りしていて、ジョナサンと悪態を付き合いながらも仲の良さを伺わせていた。
常にゴーグルをしているルイスのことをクラスメイトたちは敬遠し、仲間にしてくれない。ただ一人、タービーだけはルイスを気にかけ、友達として接してくれた。
なんでも自由にしていいと言ったジョナサンだが、一つだけ守らなければいけないルールとして、開かずの棚には触れないようにと約束させる。周囲の人たちはジョナサンの屋敷を気味悪がり、お化け屋敷と揶揄していた。ルイスは反論するものの、確かに夜中になると変な音がして、ジョナサンが斧を片手に徘徊しているのを見て怖くなり、屋敷を飛び出そうとする。その時、屋敷の家具たちがルイスを通せんぼする。
ジョナサンは魔術師で、フローレンスも魔術大学を出た優秀な魔術師。屋敷そのものや家具たちも意思を持っていた。元々の屋敷の持ち主はアイザックというジョナサンの師匠にあたる魔術師で、二人は手品師として名を馳せていた。しかし、アイザックは禁断の魔術に手を出したことで命を失った。
ジョナサンたちの秘密を知って弟子入りを志願するルイス。ジョナサンは渋々願いを聞き入れ、ルイスに魔術を教え始める。

生徒会選挙に向けての人気取りが目的だったタービーは、目的を達すると元の仲間たちとつるんでルイスの相手をしなくなる。そのことが悔しいルイスはタービーの気を引くために魔術の秘密を明かす。家に来たタービーは魔術を信じず、ジョナサンが禁じた棚に手をかけて中から書物を取り出す。
その書物には降霊の術が記されていた。タービーはルイスに術を試すように強要し、夜の墓地にやってくる。書物の導くままに一つの墓の前に行き、呪文を唱えるルイス。石棺が開き出したことでタービーとルイスは逃げ出していく。
屋敷に逃げ帰ったルイスは、ジョナサンとフローレンスから大変なことが起きていると告げられる。原因が自分だと言い出せないルイスの様子に気づかず、ジョナサンはルイスをフローレンスの家に避難させる。
ルイスによって蘇ったのはアイザックで、未完の魔術を遂行して世界を人間のいない時代に戻そうとしていた。アイザックは悪魔と契約を交わしていて、屋敷の壁の中に隠された時計を逆回転させることで魔術を完成させようとする。
家族を亡くしたことで魔術を使えなくなっていたフローレンスは、不屈の精神で立ち上がるルイスを見て力を取り戻す。ジョナサンと合流したルイスとフローレンスは、世界の逆行を防ぐため、アイザックと妻のセレナとを相手に闘うのだった。

あの大作シリーズが好きなら

この映画を見た人ならまず真っ先に思い浮かべるのが「ハリー・ポッター」シリーズではないでしょうか。現実世界に魔法というキーワードだけでも似通ってくるのは仕方ありません。また、あれだけのヒット作ともなれば類似作が後追いのような印象になってしまうのは必然とも言えます。
ハリポタのシリーズが公開されていた頃だけでも、「ライラの冒険 黄金の羅針盤」「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」、あるいは「魔法使いの弟子」「スターダスト」など、剣と魔法の物語というよりは人間社会と魔法世界、ファンタジー世界といった趣を描く作品が多く制作されています。

余談ながら、上記のファンタジー映画の原作にあたる訳書の幾つかは、金原瑞人が翻訳を手掛けています。近年では共訳によるものも多かったりするのですが、間違いなく児童文学やヤングアダルト小説、ファンタジー系の翻訳の第一人者です。娘の金原ひとみも「蛇にピアス」の受賞を機に小説家になりました。


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内容はよりダークに

「ルイスと不思議な時計」は少々不吉な感じの漂う作風となっています。一見すると子供向けの作品でありながら、実際には大人でもおどろおどろしさを感じるところがあります。
ただそれは「ハリー・ポッター」シリーズにも言えることで、第1作となる「ハリー・ポッターと賢者の石」や、続く「ハリー・ポッターと秘密の部屋」はまだ明るさが中心だったものの、ハリーたちの成長に合わせるかのように物語はダークさを増していきます。特にヴォルデモート卿が復活してくると、撮影の質感もグレーがかった、いわゆる銀残しの技法が色濃くなってきます。
スピンオフ的シリーズ「ファンタスティック・ビースト」の新作も同時期に公開となることですし、合わせて楽しめそうです。

さておき、今作のダークさの所以は監督によるところも大きそうです。監督したイーライ・ロスはこれが初めてのR区分にならない映画で、これ以前の代表作は「キャビン・フィーバー」「ホステル」というホラー作品でした。
また、直近に撮影したのは、ブルース・ウィリスが主演する「デス・ウィッシュ」で、日本ではちょうど同じ時期に公開されるという珍しい状況になりました。
コミカルな要素を含みつつホラー色の漂う映画は意外と多く、前出の「キャビン・フィーバー」もややそのテイストがあります。ホラー・コメディーのジャンルはイーライ・ロスの専売特許ではなく、むしろ王道的ジャンルの一つでもあります。
中でも代表作を挙げるとすれば「ゴーストバスターズ」は外すことのできない金字塔作品です。あるいは、ロバート・ゼメキスが製作し、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の盟友マイケル・J・フォックスが主演した「さまよう魂たち」も、思ったよりおどろおどろしい展開を見せてくれます。
「さまよう魂たち」は、ニュージーランドで活躍していたピーター・ジャクソン監督のハリウッドデビュー作です。同監督は後に「ロード・オブ・ザ・リング」を手がけることになります。

闇を照らす陽の芝居

この映画がホラー色濃いめとは言っても、基本軸がファンタジー映画なのは変わりません。画作りとしてダークに寄るのは致し方ないのであれば、どこかで中和する必要が出てきます。今回、その役を担っているのが主演する俳優です。
前段で挙げた「さまよう魂たち」にしても80年代のポップムービーを中心に活躍してきたマイケル・J・フォックスの存在が、ちょうどいい具合の中和剤として機能していました。今作でのそれはジャック・ブラックの仕事となります。
ジャック・ブラックは「スクール・オブ・ロック」の主演としてハリウッドスターの仲間入りをした丸っこい体が愛嬌ある俳優です。コメディーセンスに長けた喋りと、テネイシャスDというバンド活動でも知られています。
ジム・キャリーがコメディアンからドラマティックな役柄へとシフトしていったのに対して、ジャック・ブラックは今のところコミカルな役柄を楽しんでいるようです。

ところで、不思議とか奇妙なとか秘密のとか、同じ修飾語を使った邦題が多いのはどうしたことでしょう。この映画の原題は「THE HOUSE WITH A CLOCK IN ITS WALLS」ですから、直訳すれば「壁の中に時計のある屋敷」といった感じです。映画の内容そのままです。
そのままでは野暮ったいのはわかるものの、似たような邦題が多すぎて、どれがどれやらと混乱しがちだったりする今日この頃です。

作品情報

原題:THE HOUSE WITH A CLOCK IN ITS WALLS
監督:イーライ・ロス(Eli Roth)
出演:ジャック・ブラック(Jack Black) ケイト・ブランシェット(Cate Blanchett)

ルイスと不思議の時計 (静山社ペガサス文庫)

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