実在の棋士、村山聖の物語です。将棋のことを知らなくても見られる映画となっているのは、盤上の戦いがほとんど描かれていないからです。文字通り命を賭けて将棋を指し続けた男の最晩年が描かれています。
最晩年とは言っても、30歳を迎える前に早世している上に、断片的なエピソードから人となりを探るしかない構成です。
なので、ここではあらすじは本当にあらすじとして記す程度にしておいて、一見では掴みきれないであろう本人の生涯を、棋士としての戦いを中心にひもといてみたいと思います。
早世しているのは大々的に宣伝した上での映画化がなので、死んでしまうことは明確ながら、映画の流れはざっと知れてしまうと思うので、ネタバレしたくない人はご注意ください。
あらすじ
自身の七段昇段パーティーにも遅刻するようなずぼらな村山聖(松山ケンイチ)だが、将棋にかける思いは間違いなく人一倍であった。当時すでに五冠だった羽生善治(東出昌大)をライバル視していたものの、彼との王将戦に敗北。
少年時代、悪化させた腎臓の病気での入院中に将棋を覚えた聖は、森六段(リリー・フランキー)に師事し羽生世代と称される中でもトップクラスの実力を持ちながら、羽生には水をあけられていた。関西の棋士会所属だった聖は意を決して東京に出る。
変わり者の聖はすんなりと馴染むことができないが、徐々に仲間ができ、麻雀などを楽しみながらも将棋の腕を磨いていく。そんなかで判明する膀胱癌は、すぐにでも手術をしなければならないレベルだった。
しかし、聖は抗がん剤で感覚が鈍るのを恐れ、手術を拒否する。
痛みに苦しみながらも取り憑かれたように将棋を指し続ける聖。聖は八段となり、弟弟子(染谷将太)は大成する前に年齢のリミットを迎えて引退するなどする中、将棋選手権東北大会で羽生との一戦が組まれる。
この一戦に勝利した聖は夜、羽生を居酒屋に誘う。差し向かいで杯を交わす聖と羽生。
聖の癌は末期になり将棋にも影響を及ぼし、彼はA級から陥落してしまう。ようやく手術を受け入れた聖。とても復帰できる体ではなかったが、彼は羽生との竜王戦で14回目の対局に臨む。
一進一退の攻防は深夜まで続き、ついに聖が勝利の一手を掴むが、まさかのミスを犯して負けてしまう。
数ヶ月後、聖は息をひきとる。
村山聖の生い立ち
聖と書いてサトシと読みます。
昭和44年つまり1969年に広島で生まれた聖は、尿によってタンパク質が過剰に排出されてしまうために、低タンパク血症になる腎臓の病気でした。小学校のほとんどを病院の特別学級で過ごすなどして、同年代の死も身近で見るなど、かなり特殊な環境で育ちます。
その中で将棋を覚え、外出日を利用して将棋教室にも通って、小学校卒業の歳までにはアマチュアで段位を取り、こども大会で何度も優勝するなど、注目を集めます。
中学になるとすぐにプロを目指し、森信雄六段に師事します。当時はプロへのほぼ唯一の道であった奨励会へ入るにあたっては、森の他に灘九段も弟子として申請しようとしていたために、少し問題となったものの無事入会できました。
入会後は森師匠の家のそばで一人暮らしをしながら将棋を指し続け、17歳の時、羽生善治や谷川浩司といった稀代の天才棋士よりも短い期間でプロデューを果たします。
それほどの才能がありながらも、病気のために熱を出しやすく、不戦敗のようなこともありました。
大の少女漫画好きで、保存用を含め3冊同時に買うので部屋には3000冊もの少女漫画があり、調子が悪い時には師匠に買ってきてもらうこともあったと言います。
映画は、関西で活躍を始め、東京進出を決心する少し前からをかいつまんで描いていきます。
将棋の実力
村山聖は病弱で、わずか29歳という若さで世を去ったため、将棋のタイトルを取ることはできませんでした。
藤井聡太棋士の活躍で、将棋指しの様子を見る機会も増えてわかるように、プロ棋士による対局は食事を挟んでおこなわれる長丁場です。
ときには盤面が堂々巡りになる千日手と呼ばれる状況が生まれるなど、勝負がいつまでもつかない可能性もあります。それを打開する一つの方法として、持ち時間の制度を導入し、これを使い切ると60秒などの規定の時間内で手を指さなくてはならなくなります。
レベルが上がるほどに、対局は神経を使い、時間もかかり、病気を持つ聖にはかなりのハンデとなりました。
ただ、無冠だからと彼の実力を低く見る人はいません。羽生との間にもほぼ互角の対局成績を残し、粒揃いだった羽生世代でも「東の羽生、西の村山」と称されたのです。
村山聖は夭折した天才であり、少女漫画が大好きで、ライバル心をむき出しに将棋に打ち込むキャラクターで怪童丸ともあだ名されました。
魅力的な要素のつまった実話ということで、この映画と同じ原作を元にしてテレビドラマも作られています。
盤上の戦い
小さな世界の上で心理戦を繰り広げ、ときに大逆転も起きる将棋は、いろいろな映画になってきました。
ゲームそのものが主役といえるものもあれば、それを介在とした人間ドラマが主体のものもあります。戦いではありつつ、戦争のような殺伐としたものではないこともあり、英雄譚よりも心の内面に踏み込む作品が多いようです。
「泣き虫しょったんの奇跡」
規定の期間にプロになれず奨励会を退会した瀬川晶司が、どうしても夢を諦めきれず、ついには特例を認めさせてプロに編入していく実話です。
「王将」
大阪で賭け将棋をする素人棋士だった坂田三吉がプロで大成するも、やがて将棋界から孤立していく実話です。坂田三吉は眼病を患っていて、失明の危険がありました。
「3月のライオン」
羽海野チカの漫画を映画化したものです。両親を亡くし棋士の家に引き取られた少年が将棋を拠り所に成長し、ライバルと戦っていく様子を描いています。
チェスは将棋ととても似通ったところがあります。
こちらもまた、アメリカとソ連の冷戦時代にあった世界選手権での両国代表の戦いを描く「完全なるチェックメイト」や、まさにその時のアメリカ代表だった天才ボビー・フィッシャーに憧れた少年の「ボビー・フィッシャーを探して」など、面白い作品がたくさんあります。
作品情報
原題:聖の青春(2016)
監督:森義隆
出演:松山ケンイチ 東出昌大
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