命をかけて秘密を守るのも、真実を語るのも「戦火の勇気」

戦火の勇気
物事は立場によって見え方が変わる時があります。不都合な真実は誰もが墓場まで持っていきたいものです。それでも信念でそれを白日の下にさらす時がきます。仲間とは何か、戦場とはどういう所なのか。きっと答えはそれぞれなのでしょう。

あらすじ

イラクによるクウェート侵攻に端を発する湾岸戦争末期、多国籍軍内の米軍戦車部隊を率いていたサーリング中佐は、夜間の作戦で味方戦車を誤射して戦友を殺してしまう。状況的に不可避との結論で罰は受けなかったものの、自分の判断は間違っていなかったのかと悩み続けていた。
終戦後、サーリングは名誉勲章の候補者である救護ヘリのパイロット、カレン・ウォールデン大尉の調査を命じられる。孤立化した味方補給隊の救援に向かった大尉のチームは、撃墜されながらも応戦して、見事救助を成功させたのだが、大尉は戦死していた。一刻も早く女性初の名誉勲章受章者を誕生させたい政府に対して、サーリングは戦場の真実を知りたいと、徹底した調査を行うことにする。

救援チームの一人、レイディーはカレン・ウォールデン大尉を男勝りながら立派な上官だと評する。しかし、彼自身はヘリの墜落時に怪我をして、救助されるまで意識がなかった。
次にサーリングは、衛生兵イラリオに話を聞きに行く。ヘリが撃墜された後、夜を迎えたチームにイラク兵の斥候隊が襲いかかり、撃退した時にカレンは負傷してしまう。翌朝、新たな救援チームが到着するも、搭乗時に援護していたカレンは敵の銃弾に撃たれて命を落とした。やはり、大尉は毅然とした指揮をとっていたと話すイラリオ。
サーリングはカレンの両親にも会いに行く。そこにはまだ幼い彼女の娘アンがいた。アンを残して戦死した娘カレンを誇りに思う両親だが、イラリオが渡したはずの遺書は知らないと言う。
救援時に急遽チームに参加した、血気盛んなモンフリーズ軍曹にあったサーリングは、それまでとは違う証言を聞く。大尉は終始怯えていて、動揺し、錯乱し、そして死んでいったと。
そんな中、イラリオが失踪する。

どうしても真実を知りたいサーリングは、ワシントン・ポストの記者ガートナーと取引をして、最後の一人、アルターマイヤーの居場所を突き止めてもらう。末期癌を患っていたアルターマイヤーは薬で朦朧としながらも何かに悔いていた。
再度、モンフリーズに話を聞きに行くサーリングだが、モンフリーズは目の前で自殺してしまう。
イラリオに再会したサーリングは、ついに真実を知ることとなる。
皆がひた隠しにする真実とは何なのか、そして、自らの抱える悔恨にもケリをつけるべく立ち上がる。

羅生門エフェクト

救援ヘリに同乗していたカレンのチームのイラリオ、レイディー、モンフリーズ、アルターマイヤーの4人は、それぞれが異なる証言をします。サーリングが引っかかったのは、このチームの働きによって救われた補給隊の面々の証言との食い違いでした。
補給隊は、救助成功時にライフルM-16の銃撃音が聞こえていたと言います。些細なことに思えたこの音から、サーリングは真実へと近づいていくのです。
一つの出来事も、語り手によって状況が違って見えるのは、実生活でも珍しくありません。このことをメインテーマにして一躍有名になったのが黒澤明「羅生門」です。そこから、特に映画界では、この状況を指して羅生門エフェクトと呼ぶのが世界的な通例となっています。
誰かが嘘をついていることもあれば、それぞれが真実を語っていることもあります。正義や悪が立場で異なるように、真実も語り手、受け手によって異なることがあるのです。

ただし、「戦火の勇気」においては最終的に一つの真実が導き出されます。戦場で何があったのかは、カレン・ウォールデン大尉の率いた救援ヘリチームだけでなく、サーリング中佐の率いた戦車隊にとっても重要なことです。
物語はサーリングが戦場で下した決断についても、真実を描いてくれています。ここにはワシントン・ポストのガートナー記者が大きく関わります。「ペンタゴン・ペーパーズ」「大統領の陰謀」など、ワシントン・ポストは真実の追求に欠かせない象徴的存在のようです。

ブレイク前夜のマット・デイモン

若き兵士イラリオを演じたマット・デイモンは、「ボーン・アイデンティティー」などのジェイソン・ボーン・シリーズを始め、数々の作品に主演するスター俳優です。しかし、はじめから成功を約束されていたわけではなく、下積み時代というものがありました。
「グッド・ウィル・ハンティング」ベン・アフレックと共に完成させた逸話はあまりに有名ですが、「戦火の勇気」はその前年に公開された最後の無名時代とでもいう時期のものです。
俳優としては無名でも、すでにマット・デイモンの役作りは鬼気迫るものがありました。スターのように専属のトレーナーがいない中、麻薬に溺れてやせ細っていくイラリオを演じるために18kgのダイエットをおこないます。食事制限しつつ、毎日20km弱を走り続け、見事に憔悴した体を作り上げました。ただ、代償は大きく、血糖値などに深刻なダメージを受け、従来の体調に戻すのに2年ほどかかったと言います。
物語のカギを握る重要な人物とは言っても、決して主役級ではありません。そこで妥協せず、ここまで体を張ったデニーロアプローチをしたのはさすがです。アカデミー脚本賞を受賞してブレイクしたマット・デイモンとはいえ、役者魂は当初から凄まじかったことをうかがわせるエピソードです。

変革期のメグ・ライアン

見事にチャンスを掴んでいくことになるマット・デイモンに対して、カレン・ウォールデン大尉を演じたメグ・ライアンはすでにスターでした。ただし、彼女が得意とするのはロマンティックコメディであり、むしろそこからの脱却を図りたくてもがいていた時期でもあります。
「恋人たちの予感」「めぐり逢えたら」などで人気を博したものの、幅を広げるために「戦火の勇気」のような路線にもチャレンジしていきます。美しさと凛々しさが混在するカレンの役は決して悪くなかったものの、世間のイメージを覆すことができず、その後も話題になるのは「ユー・ガット・メール」「シティ・オブ・エンジェル」の恋するヒロインでした。2000年代に入ってからはテレビ作品が増えていて、映画ではあまり見かけなくなっています。
メグ・ライアンの輝きを見たいと思ったなら、ロマンティックコメディの各作品を見るのもいいですし、まだ無名に近かった頃の「トップガン」「インナースペース」もおすすめです。

珠玉のラスト

戦争のやるせなさを暴いていくことになる映画「戦火の勇気」ではありますが、殺伐とした中で一条の光となるのがラストのシーンです。調査を終え、重荷を降ろし、我が家へと帰ってきたサーリングが見たもの、それは在りし日のカレン・ウォールデン大尉の姿です。
調査ファイルの中で、あるいは兵隊たちの証言の中で作り上げてきたカレンという女性を追いかけた日々。すでにカレンは亡くなっていて、もう会うことは叶わないはずなのに、ふと、サーリングは思い出します。
果たして、サーリングが見たカレンとは。
このシーンばかりは是非とも作品の中で見てもらいたいものです。

作品情報

原題:COURAGE UNDER FIRE(1996)
監督:エドワード・ズウィック(Edward Zwick)
出演:デンゼル・ワシントン(Denzel Washington) メグ・ライアン(Meg Ryan)

コメント