「眼下の敵」は高度な心理戦の映画であり、潜水艦ものでもある


イギリス海軍の実話を基にした小説をアメリカ海軍に置き換えています。
戦後12年の、まだ戦争の匂いが残る時期に作られ、ナチスドイツとの戦いを描いているとはいえ、個を憎まず、友情を感じさせる物語なのが救いです。
以下のあらすじにはラストまでの流れを記しています。古い作品とはいえ、先を知りたくない方はネタバレにご注意下さい。

あらすじ

第二次世界大戦の最中、アメリカ海軍の駆逐艦がドイツの誇る潜水艦Uボートを追っている。
Uボートは秘密のデータを本国へ届けようとしていた。
Uボートを操艦するのは歴戦を潜り抜けてきた艦長のフォン・シュトルベルク
勇猛な彼だが、ナチス・ヒトラーの戦争には反対で無益さを感じてもいた。

一方の米海軍の駆逐艦艦長のマレルは、貨物船上がりな上に自室にこもりきりで、部下からは信頼を得られていない。
だが、シュトルベルクのUボートの艦影を捉えて追尾を始めると、マレルはことごとく先を読み、敵を追い詰めていく

次々と心理戦を制するマレルではあるものの、決定打を出すことはできない。
このままUボートが合流地点まで辿り着いてデータが渡ってしまえば、ドイツ軍が戦況的に有利になる可能性があった。

攻防の鍵となるポイントで、シュトルベルクの放った魚雷がマレルの駆逐艦に命中した。
マレルは艦での特攻を選択し、Uボートに体当たりする。
両艦が大破し、Uボートは機密データを守るために自爆装置を起動する
爆破のカウントダウンが進む中、互いの兵士たちは艦長以下協力し合い、両軍を救助していく。

救助に駆けつけた米軍の駆逐艦に移った兵士たちと艦長同士。
死んでいったUボートの副官らに別れを告げるとき、二人の艦長の間には友情のようなものが芽生えていた。

戦争映画の視点

1945年に終わった第二次世界大戦での出来事を、1957年に映画化しています。
12年経てば過去のことなのかも知れませんし、まだ実感として残っている人も多かったのかも知れません。
10年と少し、震災などのことを思えば、まだ記憶は生々しい時期での映画だったはずです。

では、そのタイミングで作られた映画はどのようなものだったのかというと、意外なほどに友愛がテーマになっています。
ドイツ軍とアメリカ軍の海原での戦いを描いていて、潜水艦と駆逐艦の争いはもちろんあります。
通常であれば製作国が正義として描かれがちなところ、「眼下の敵」はアメリカと西ドイツの共同製作なので、双方に正義が存在しています。
どちらにも目的があり、敵を排除するよりも任務を遂行するために動いています。
ただし、攻撃はします。戦争ですから。
両方の艦長は戦争を虚しく思いつつも、任務を放棄することはありません。
自分たちが駒の一つでしかないことを理解しているとでも言ったところです。

戦争映画で対立している両国の視点を取り入れているのをあまり目にしないのは、両国に肩入れすると勧善懲悪的なすっきりとしたストーリーにできないからです。
例えば、冷戦の残っていた頃のハリウッド映画であれば、ソ連の何某かを敵とするものが多くありました。
現在だと虚実込みで中東あたりのテロ国家と戦う主人公像が多くあります。

全くの想像だけでも、戦争が悲惨で絶対にあってはならないであろうことはわかります。
兵士や時に一般人も簡単に死んでいく状況で、単純な善悪をはかることはできません。
だからと言って、エンターテインメントとしての戦争映画を否定するつもりもありません。

シリーズ化された後の「ランボー」のようにドンパチと派手な爆発が起こる映画もあっていいですし、「戦場にかける橋」のようにやるせなさを醸し出した映画もありです。
「戦場にかける橋」は、「眼下の敵」とほぼ同時期に公開されています。
やはりこの時期は、戦後が一段落して、多面的な見方をする人が増えていたのでしょう。

潜水艦もの

「眼下の敵」は元イギリス海軍の将校だったD.A.レイナーの小説を原作としています。
原作ではイギリス軍とUボートの実際の戦いを基にしていますが、映画はアメリカ軍とUボートの戦いに変更されました。
だからと言って全くの架空ではなく、アメリカ海軍の駆逐艦がUボートと戦った記録も残っています。

映画と似たケースとして挙げられるのは、USSボリーの戦いです。
UボートのU-405と遭遇したボリーは、これにダメージを与えたものの、突撃を食らって双方は大破します。
Uボートは沈み、ボリーも翌日には沈んだのでした。
実は「眼下の敵」には撮影して使われなかったパターンのラストがあって、そのパターンでは両艦の艦長は戦死してしまいます

第二次大戦では空軍の力が飛躍的に向上しただけでなく、戦車と潜水艦も大きな力となりました。
戦争映画として括れば、潜水艦ものは一つの重要なジャンルとなっています。
潜航して進む潜水艦は一見画にならなそうと思いきや、艦内の緊迫感は凄まじくドラマチックです。
潜水艦が一度潜航すれば、大きな棺桶と称される密閉空間になります。
周りは敵だらけな上に、音を立てて探知されてはならないのでさらに息を潜めなければなりません。
見えざる敵との心理戦や、艦内での衝突、浸水はつきもので気が抜けません。
じっと耳をそばだてながら顔を汗が伝うのは、潜水艦映画の定番カットです。

潜水艦の映画には幾つもの傑作があり、ジャンル縛りをして見ていくのも面白いでしょう。
入門編とでもいうエンタメ系としてはハリソン・フォードショーン・コネリーの「レッド・オクトーバーを追え!」、デンゼル・ワシントンジーン・ハックマンの「クリムゾン・タイド」あたりがおすすめかと思います。

ロバート・ミッチャム

戦争に関連するからだけではなく、潜水艦ものはなぜか、より男臭さの滲む作品が目立つ気がします。
上記の2作品もそうですし、男性スター両雄の対決図式がよくあるのです。
「眼下の敵」でもロバート・ミッチャムクルト・ユルゲンスの二人がダブル主演と言っていいポジションにいます。
クルト・ユルゲンスは主にドイツで活躍していた俳優で、「眼下の敵」からハリウッドに進出していますが、ロバート・ミッチャムの方は既にハリウッドスターの一人でした。

ロバート・ミッチャムは、少し垂れて眠そうに見える二重の眼が特徴です。
その見た目からスリーピング・アイと呼ばれ親しまれていました。
この目は、若い頃にプロボクサーをやっていて、試合で受けたパンチの影響だと言います。

プロボクサーとしては稼げず、工員として働くなど、楽ではない青春時代を過ごしながら25歳で映画デビューした苦労人です。
俳優になる以前に結婚した同級生の妻とはスターとなった後も離婚することなく死ぬまで共に暮らし、息子も孫も俳優となっています。

主演を張るスターとして活躍するだけでなく、「恐怖の岬」では執拗な殺人犯を演じるなど、幅広い役にチャレンジしていきました。
「恐怖の岬」は後に「ケープ・フィアー」としてリメイクされます。
ロバート・ミッチャムが演じた殺人犯はロバート・デ・ニーロが演じました。
余談ながら、オリジナルに出たロバート・ミッチャムとグレゴリー・ペックも、製作者の敬意なのでしょう、リメイクにもしっかりと出演しています。

作品情報

原題:THE ENEMY BELOW(1957)
監督:ディック・パウエル(Dick Powell)
出演:ロバート・ミッチャム(Robert Mitchum) クルト・ユルゲンス(Curt Jurgens)

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