「ニンゲン合格」の意味はラストのやり取りに込められた思い


10年間の昏睡から目覚めた少年は青年となっていて家族は離散していた。失った時間を取り戻すことはできるのか。夢を見続けているかのような生活は静かに盛り上がり静かに収束しつつ唐突な終わりを告げます。

20年ほど前の作品であり、ラストまでのネタバレありのあらすじです。知りたくない方はご注意ください。

あらすじ

交通事故にあった豊(西島秀俊)は、10年間昏睡状態だったところ突然目を覚ます。わけの分からない豊を訪ねてきたのは加害者の室田(大杉蓮)で、彼は取り敢えずの謝罪と自分勝手なことを言って帰っていく。
次に豊を訪ねてきたのは、藤森(役所広司)という男。彼は産業廃棄物の不法投棄を請け負うような胡散臭さがありつつ、既に離婚している豊の両親に代わって面倒を見てくれる。
テレビなどの情報から10年の空白を何とか埋めた豊は、藤森に連れられて自宅へと戻る。元々はポニーの牧場をしていた自宅も、一家離散後は空き家同然となり、父親に代わって藤森が管理しつつ産廃の一時置き場としていた。
敷地の一角にある金魚の釣り堀を続けながら、ポニーを一頭拾ってくる豊。同じ頃、父親(菅田俊)が久し振りに帰ってくるが、すぐに海外へと戻っていく。
妹(麻生久美子)が恋人と一緒に訪ねてくる。恋人の加崎(哀川翔)は釣り堀を手伝うようになり、藤森を含めた4人の奇妙な共同生活が始まる。なくした家族とは違っても、新しい居場所ができたかに思った矢先、喧嘩した妹が加崎とともに家を出ていってしまう。
再婚した母親(りりィ)の仕事場を訪ねる豊を、母親は温かく迎える。

豊がポニー牧場を本格的に再開させることを決めた矢先、藤森が不法投棄の件で警察に追われて姿を消す。一人になった豊を訪ねてくる母親。妹と加崎も戻ってくる。ポニー牧場がリニューアルオープンし、豊の周りには母親と妹と加崎という家族のような人たちがいるようになる。
ようやく失った10年を取り戻せる気がしてきた豊。しかし、そんな幸せも長くは続かず、妹と加崎は再び出ていき、母親も再婚した家へと帰ってしまう。
一人で牧場を続ける豊のところに、偶然近くの工事現場で働いていた室田がやってくる。加害者となったことで人生が狂ったと逆恨みした室田は、夜に戻ってきて豊の牧場を破壊する。寂しさの爆発した豊は室田からチェーンソーを奪い取り、牧場を壊し尽くした。
翌日、藤森が久し振りに姿を現す。藤森とともに旅立つことにした豊はポニーもトラックに乗せようとする。そのとき藤森が捨てるために積み上げていた冷蔵庫の山が崩れ、下敷きになる豊。
家族全員と、目覚めてからの豊と関わったわずかの人々が、葬儀に集まる。

奥深さ

眠り続けた豊はさながら浦島太郎のような男です。10年経てば世界はまるで違っています。世間の常識もそうですし、生活様式もそうです。何より豊の家族はバラバラになって無くなっていました。
劇的な変化を大仰に描くこともできるところを、監督はどこか突き放したように淡々とした日々の流れに乗せて話を進めます。事故から目覚めて以来ぼーっと夢の中にいるかの状態が続く豊の心情そのものと重なります。
映画の表したかったところは端的に最期のやり取りに込められて表現されます。
「俺、存在した? ちゃんと存在した?」「ああ、お前は確実に存在した」
豊の見た夢オチの物語などではなく、確かな人生の物語だったと示してくれているのです。

今ほどは主演を数多く務めていなかった西島秀俊の朴訥ながら雰囲気溢れる存在感が、映画の内容にもマッチして味わいとなっています。セリフは最低限度で、表情で見せるのですが、その表情からしてパターンがあるわけではありません。
豊は陰と憂をたたえて家族の再生を望み続けます。でも、静かで退屈なだけの映画かというのでもなく、役所広司やりりィ、麻生久美子などの芝居上手が周りを固めて夢現つの判然としない物語にリアリティーを与えています。

90年代のミニシアターブーム

単純なエンタメ映画でないのは「ニンゲン合格」が製作された時代にも関連がありそうです。90年代は渋谷を中心にミニシアターが数多くあって、各館ごとに特徴的な映画を公開していました。
現在のシネコンシステムの方がスクリーン数は多くても、ブッキングされる映画は偏りがちです。珍しい映画を見るには朝や深夜の回に行かなければならないことも多々あります。
イタリアやフランスあるいは北欧などのヨーロッパやウォン・カーウァイ監督などアジア気鋭の作品がたくさん入ってきた時代です。どこか哲学的な作品は映画を語ることが好きな人にとってはたまらない魅力に溢れていました。
正直、意味がわかっていなくてもおしゃれな映画鑑賞をしているイメージで、ファッションに近かったようです。良し悪しは別問題として、多様性があったのは確かです。
今ではレンタルでソフトを借りることもなくなってきて、積極的に探らない限りマイナーな作品に触れる機会は減っているのかもしれません。


日本懐かし映画館大全

黒沢清監督とヨーロッパ

ミニシアターで欧州の映画に触れたように、欧米でも日本の映画が再評価されたのが90年代後半から00年代の前半にかけてです。40年代〜50年代からすでにヨーロッパで評価されてきた黒澤明小津安二郎溝口健二などの各監督はいたものの、80年代のポップカルチャー時代には邦画が世界的な評価を得ることは稀でした。
それが改めて注目を集めることになったのは、一つに北野武監督の登場です。ビートたけしとしてバラエティ界を極めた北野武がひょんなことから映画監督をやることになり、あれよあれよという間に欧州を中心に世界的名声を得たのです。

同じ頃にやはり欧州を中心に熱烈なファンを生んだのが黒沢清監督です。北野武監督とは違って大学在学中から自主映画を製作して、ぴあフィルムフェステバルにも入選しています。その後、助監督を経て監督になるというスタンダードな監督への道を歩んできました。
映画のエンタメ性をアクションや笑いなどのわかりやすさとするなら、それよりは芸術性やドラマ性を感じさせる作品が多く、鑑賞後に何を感じたのか、そもそも作品の意味合いは何かを考えさせるものになっていることが多いイメージです。

作品情報

原題:ニンゲン合格(1999)
監督:黒沢清
出演:西島秀俊 役所広司


映画はおそろしい 新装版


DBPOWER ミニ LED プロジェクター 1500ルーメン 1080PフルHD対応

コメント